『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、俳優・ユニセフ親善大使の、黒柳徹子のエッセイ集『小さいころに置いてきたもの』の中から、「ホロビッツさんのハンカチ」を、番組用に編集してお届けしています。
今夜はその第3夜。
デザイナーの森英恵さんが、世界的ピアニストのホロビッツ夫妻を、自宅のディナーパーティーに招いた。
料理が運ばれる毎に、子供のように質問を繰り出す、81歳の巨匠ホロビッツ。
隣に座ったのは、名司会者の黒柳徹子である。
巨匠は、楽しそうに話を続けていく。
ホロビッツさんは、
「あと、他にもブランドの物を持ってるんだぜ!」
と、自慢げにおっしゃったけど、常にふざけているようで、私も一緒に笑っちゃうしかなかった。
そのうち、前菜が運ばれた。
美味しそうなアスパラガスだった。
[アスパラガス]
大きなお皿に、山盛りに盛られたアスパラガスを目の前にすると、ホロビッツさんは私に、
「ねぇ、君、何本食べる?」
と、聞いた。
「3本くらい?」
「そう、じゃあ、3本にしよう」
そう言うとホロビッツさんは、あのピアノを弾く手で、フォークとスプーンを使って、
「3本!」
と言って、自分のお皿に取った。
私も、3本取った。
私たちの前は、当時NHKの報道局長でいらした、磯村さんご夫妻だった。
ホロビッツさんは、アスパラガスを取ると、私に小声で、
「ねえねえ、私の奥さんは、何本取ってます?」
と、聞いた。
私は、向こうのテーブルの方を見た。
奥様もちょうどお取りになるところで、3本か4本、取っていらしたようだった。
「3本か、4本です」
と言うと、
「ふうん。
マダムは、3本か4本」
と繰り返して、食べ始めた。
その間に、またボーイさんに、
「自転車で来る時、どのくらいかかるの?」
と、聞いたりした。
誰も自転車で来るって言ってないのに、ボーイさんは自転車で来ると決めているのも、おかしかった。
アスパラの次に、チキンが運ばれた。
[チキン]
ホロビッツさんは、お魚かチキンに限る、という話だった。
でも、いいお魚が無かったので、チキンですと、コックさんからの説明があった。
チキンを自分のお皿に取りながら、ホロビッツさんは私に、
「奥さんは魚を食べてるんじゃないですか?」
と言ったので、私は、
「お魚は、誰も食べていません。
みんなチキンです」
と言った。
それでも疑り深く、
「ちゃんと見てよ」
と言うので、よく見ると、やはりマダムもチキンだった。
ちなみに、マダムは堂々とした方で、立派な顔でいらっしゃるうえに、上半身は何となく胸像という感じの、上半身を動かさないで話をなさったり召し上がったりする方だった。
威厳があった。
私が、
「奥様もチキンです」
と言うと、ホロビッツさんが、
「チキンはどのくらい取りましたか?」
と、お聞きになるので、
「あなたと同じくらいです」
と言うと、
「ふーん」
と言って、食べ始めた。
こんな大人で、子供みたいに次々と人に物を聞く人も、少ない。
と私は、いわゆる巨匠と言われてる人を、改めて見た。
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