『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、俳優・ユニセフ親善大使の、黒柳徹子のエッセイ集『小さいころに置いてきたもの』の中から、「ホロビッツさんのハンカチ」を、番組用に編集してお届けしています。
今夜は、その第2夜。
黒柳徹子のエッセイは、まるでテレビ番組の『徹子の部屋』を見ているように、その風景が生き生きと伝わってくる。
1986年の春に来日した世界的ピアニスト、ウラディミール・ホロビッツ。
デザイナーの森英恵さんが主催した小さなディナーパーティーで、ピアノの巨匠との楽しい会話が、始まった。
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とにかく、ホロビッツさんは矢継ぎ早にものをおっしゃるので、私はおかしかったけど、周りは対応が大変だった。
まず、ボーイさんがお水をホロビッツさんに注ごうとすると、
「君はどこに住んでいるの?
ここに来るのは何に乗ってくるの?
自転車?」
日本人の若いボーイさんが、返事を考えているうちに、もうホロビッツさんの話は、次に移っている。
少し、訛りのある英語だった。
「レーガン大統領が勲章をくれると言っているんだけど、勲章よりコックが欲しいと言ってみようかな。
そう言ったら、いいコックをくれるかしら?」
と、同じテーブルの、ハンサムなマネージャーに聞いている。
マネージャーと言っても、ニューヨーク・タイムズのオーナーの息子さんだとかって話だったけど、ユーモアのある知的な、感じのいい40歳前の男性。
ホロビッツさんの調子に合わせるでなく、大人っぽく、
「さあ、くれないと思いますよ」
と、笑って言った。
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ホロビッツさんは、
「残念」
と言うと、次に私に、
「僕はね、今日ホテルニューオータニで買い物をしましたよ。
それは、何でしょう?」
と言った。
[ホテルニューオータニ]
「さあ、何でしょうね?」
と私が言うと、
「それは、お財布です」
と言って、スーツの左の内ポケットから、長い形のお財布を出して、
「グッチ!」
と言い、テーブルに乗せ、今度は右の内ポケットから、違う色のお財布を出して、
「エルメス!」
と言った。
「2つも買って、どうなさるの?」
と聞くと、ホロビッツさんはすごく嬉しそうに、
「クックッ」
と、いたずらっぽく笑った。
そして、グッチのお札の入る所を開いて、
「ドル!」
と言い、エルメスの方を開いて、
「円!」
と言った。
「ホロビッツさん、ブランド物、お好きなんですか?」
私の質問に、ホロビッツさんは、
「そう、大好き」
と言うと、ご自分の腕時計を指して、
「ローレックス!」
スーツを指して、
「何とか!」
って言った。
何とかっていうのは、多分オーダーをする有名な人の名前だけど、私は知らなかった。
その時、森先生に伺っておけばよかった。
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