2024/3/25 小さいころに置いてきたもの① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、俳優・ユニセフ親善大使の、黒柳徹子のエッセイ集『小さいころに置いてきたもの』の中から、「ホロビッツさんのハンカチ」を、番組用に編集してお届けします。


今夜は、その第1夜。



子供の頃の愛称は、トットちゃん。


黒柳徹子は、テレビ司会者・俳優だけでなく、名エッセイストでもある。


子供時代を描いた『窓ぎわのトットちゃん』は、1981年に出版されると、たちまち大ベストセラーとなり、日本中にトットちゃんブームが起こった。


また、国連のユニセフ親善大使を務め、世界中の人々と幅広い交流がある。


今週は、音楽家ウラディミール・ホロビッツとの出会いを巡る、楽しいエピソードをご紹介します。


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私は、ピアニストのホロビッツさんから、直接頂いたハンカチを持っている。


オフホワイトのそのハンカチは、くしゃくしゃだけど、鼻をつけると今でも微かに、オーデコロンの香りが残っている。


20世紀最高のピアニストとして、世界中が惜しみのない拍手を送った、ホロビッツ。


[ホロビッツ]


そのホロビッツさんが、2回目の来日、演奏会でいらした時の事。


デザイナーの森英恵先生が、お宅にホロビッツ夫妻をディナーにお招きになり、


「私にも」


とおっしゃって、呼んでくださった。


少ない人数で、14人くらい。


円いテーブル2つに、着席するようにセットされた、ディナーだった。


森先生は、私をホロビッツさんの隣にしてくださった。


何しろその頃ホロビッツさんは、81歳だったけど元気いっぱいで、私がお隣でお喋りのお相手ができれば、という事だった。


私は、


「こんな面白い体験をしたのも少ない」


と、今でもこの夜の事を、思い出す。


それほど、ホロビッツさんは愉快だった。


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2つのテーブルの、もう一つの方に、奥様がお座りだった。


奥様は、何しろあの歴史に残る指揮者・トスカニーニのお嬢様で、ホロビッツさんも怖がっている、というほどの強いお方のようだった。


そもそもトスカニーニという人が、色々な逸話のある人で、すごく怒って指揮台に上がった時は、髪の毛が全部上の方に逆立っていて、あまりの怖さに、オーケストラのメンバーの手が震えて、客席から見えた、というくらいの人だった。


[トスカニーニ]


でも、このトスカニーニのお嬢さんとの結婚で、才能のあったホロビッツが、さらに有名になれたというくらい、力のある奥様だった。


ホロビッツさんは、コンサートの評判がすごく良かった事もあり、上機嫌だった。


テーブルに座るや否や、


「僕は、お酒を飲みませーん!」


と、おっしゃった。


「お酒じゃないと、何をお飲みになるの?」


と聞いたら、


「お水!」


という答えだった。


なるほど。


この年になるまでピアノを弾くために、アルコールは口にしないのだ。


森英恵先生は、あらかじめホロビッツさんの好物を、マネージャーからお聞きになっていらして、メニューはそれに従って作られていた。


【画像出典】