『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、俳優・ユニセフ親善大使の、黒柳徹子のエッセイ集『小さいころに置いてきたもの』の中から、「ホロビッツさんのハンカチ」を、番組用に編集してお届けします。
今夜は、その第1夜。
子供の頃の愛称は、トットちゃん。
黒柳徹子は、テレビ司会者・俳優だけでなく、名エッセイストでもある。
子供時代を描いた『窓ぎわのトットちゃん』は、1981年に出版されると、たちまち大ベストセラーとなり、日本中にトットちゃんブームが起こった。
また、国連のユニセフ親善大使を務め、世界中の人々と幅広い交流がある。
今週は、音楽家ウラディミール・ホロビッツとの出会いを巡る、楽しいエピソードをご紹介します。
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私は、ピアニストのホロビッツさんから、直接頂いたハンカチを持っている。
オフホワイトのそのハンカチは、くしゃくしゃだけど、鼻をつけると今でも微かに、オーデコロンの香りが残っている。
20世紀最高のピアニストとして、世界中が惜しみのない拍手を送った、ホロビッツ。
[ホロビッツ]
そのホロビッツさんが、2回目の来日、演奏会でいらした時の事。
デザイナーの森英恵先生が、お宅にホロビッツ夫妻をディナーにお招きになり、
「私にも」
とおっしゃって、呼んでくださった。
少ない人数で、14人くらい。
円いテーブル2つに、着席するようにセットされた、ディナーだった。
森先生は、私をホロビッツさんの隣にしてくださった。
何しろその頃ホロビッツさんは、81歳だったけど元気いっぱいで、私がお隣でお喋りのお相手ができれば、という事だった。
私は、
「こんな面白い体験をしたのも少ない」
と、今でもこの夜の事を、思い出す。
それほど、ホロビッツさんは愉快だった。
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2つのテーブルの、もう一つの方に、奥様がお座りだった。
奥様は、何しろあの歴史に残る指揮者・トスカニーニのお嬢様で、ホロビッツさんも怖がっている、というほどの強いお方のようだった。
そもそもトスカニーニという人が、色々な逸話のある人で、すごく怒って指揮台に上がった時は、髪の毛が全部上の方に逆立っていて、あまりの怖さに、オーケストラのメンバーの手が震えて、客席から見えた、というくらいの人だった。
[トスカニーニ]
でも、このトスカニーニのお嬢さんとの結婚で、才能のあったホロビッツが、さらに有名になれたというくらい、力のある奥様だった。
ホロビッツさんは、コンサートの評判がすごく良かった事もあり、上機嫌だった。
テーブルに座るや否や、
「僕は、お酒を飲みませーん!」
と、おっしゃった。
「お酒じゃないと、何をお飲みになるの?」
と聞いたら、
「お水!」
という答えだった。
なるほど。
この年になるまでピアノを弾くために、アルコールは口にしないのだ。
森英恵先生は、あらかじめホロビッツさんの好物を、マネージャーからお聞きになっていらして、メニューはそれに従って作られていた。
【画像出典】