2024/3/7 オーストリア滞在記④ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、女優、中谷美紀のエッセイ『オーストリア滞在記』を、一部編集してお送りしています。


今夜はその第4夜。


「5月2日 ガーデニング哲学」の、2回目。


ザルツブルクの自宅から、車で1時間半かけ、夫婦は希少な宿根草や、グラス類を扱う園芸専門店ザラストロを、訪れた。


できるだけ自然に近い庭を目指す二人は、興奮気味に買い物を続ける。


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夫はサッと決めて、帰りたそうにしているけれど、ガーデンデザインを脳内でシミュレーションしつつ、苗が成長した果てのボリュームを計算しながら選ぶには、どうしても時間がかかる。


グラス類の選定は本当に大変で、わずか10センチほどの苗の姿と、ドイツ語名・学名から、庭に植えられた様を想像して個数を決めるのは、容易でない。


この度、こちらまで出向いた最大の理由が、ドイツ語でランペンプッツァーグラス、直訳すると「ランプクリーナー草」、学名をペニセタムといい、日本語ではチカラシバに相当する、猫じゃらしに似たグラスの入手で、これもまた幾多の種類が並んでいた。


[チカラシバ]


ジャポニカという種類が70センチほどになるとの説明書きで、株を吟味していると、再びどこからともなく、クリスティアン氏が現れ、


「おすすめは、キムズ・ナイトメアだよ。


黒い穂が、美しいからね」


と、教えてくれた。


そこで、ジャポニカ・キムズ・ナイトメアを、迷わず大人買い。


『プリティ・ウーマン』で、ジュリア・ロバーツ演じる娼婦が、リチャード・ギア演じる裕福な色男に、ラグジュアリーブランドの洋服や帽子、靴などを買い与えてもらい、両手に余るほどのショッピングバッグを持って歩く姿が、印象的に描かれていたけれど、こちとら両手どころか、3台の台車に余るほどの苗を買い占めて、上機嫌である。


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他の園芸店と比較して、こちらの顕著な違いは、多くの植物の札が、一枚一枚手書きである事で、よその生産業者から仕入れた品を並べているのではなく、オーナー自ら苗をこしらえている事が読み取れるのだ。


彼は、かつてオランダで仕事をした経験もあり、私たちの憧れのオランダ人ガーデンデザイナー、ピエト・オウドルフとも友人だといい、実際ピエト・オウドルフは、このザラストロを訪れて、植物を入手したりもしている。


中でも、イヌゴマ族のスタキス・フンメロは、ピエト・オウドルフのお気に入り、と札に書かれている。


[スタキス・フンメロ]


その理由は、冬にも朽ち果てる事なく、葉や茎を地上に残す事だそうで、雪を纏った野草の庭(メドウ・ガーデン)の、鳥肌が立つほどの美しさは、こうしたフンメロや球状の花をつけるアリウムなどの枯れた姿が作り出しているのだと、確信した。


ランドローバーのディフェンダーと共に、イギリス中を疾走し、あらゆる植物の種をハンティングしてきたというクリスティアン氏は、ガーデンデザイナーではなく、園芸人を標榜する。


夫曰く、園芸人とガーデンデザイナーの関係は、バイオリンメーカーとバイオリニストの関係に似ているらしい。


それぞれに適した分野があり、植物オタクにとっては、世界中を旅して見知らぬ植物と出会い、その性質を見極め、成長を見守り、株を増やす事が最大の楽しみなのだろう。


彼の好きな作曲家が、バッハ、サティ、ブルックナー、マーラー、ドビュッシーなどである事も、好感度が高いし、人工的なチューリップもスイセンもパンジーも、彼のフィールドでは見かけない。


ザラストロという店名も、モーツァルトのオペラ『魔笛』にて、フリーメイソンの長として登場する人物の名と同じであるところが、心憎い。


雨の予報を気にして早く帰り、庭仕事に着手したがっていた夫も、クリスティアン氏の気さくな対応と、扱う植物の豊富さに魅了され、あれもこれもと台車に乗せていた。


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