2024/3/8 オーストリア滞在記⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』


作家が描く世界への旅。


今週は、女優、中谷美紀のエッセイ『オーストリア滞在記』を、一部編集してお送りしています。


今夜は、その最終夜。


「5月2日 ガーデニング哲学」の、3回目。


園芸専門店ザラストロで、オーナーのクレス氏の哲学に共感。


大量の苗を購入した中谷と、夫のティロ。


二人は早速庭造りに、取り掛かる。


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数々の園芸誌に寄稿し、ヨーロッパの園芸界ではその名を知らぬ人はいないという、クリスティアン・クレス氏の著書に、『ブラックボックス・ガーデニング』がある。


[クリスティアン・クレス]


興奮気味に大人買いをした私たちに、プレゼントしてくれたその本のページを、早速めくってみると、共著の園芸エディターの言葉で、


「春の訪れを急ぐかのように植えつけられる開花した花。


花期が終わるなり、破棄される植物。


自動芝刈り機で、2センチに整えられた芝生。


雑草を制するための、コンクリートや石のパネル。


庭に据えられた陳腐な仏像などが、現代の庭を殺している」


と書かれた前書きが、私たちの理想とするガーデニング哲学と相似しており、思わず笑ってしまった。


ブラックボックス・ガーデニングとは、多年草や宿根草のみならず、一年草、二年草をあえて組み合わせ、風に任せて種が庭のどこかに落ち、予想外の場所から実生で芽吹くのを楽しむガーデニングのスタイルだそうで、多くの方々が求める、伝統的で正しいガーデニングとは真逆の、植物の生命力を信じ、多様性を受け入れるガーデニングスタイルなのだという。


それはジル・クレマンの、荒れ地にすら愛しい眼差しを向ける、動いている庭の概念とも重なる。


[ジル・クレマン]


人間のエゴで自然を制するのではなく、多少の手は入れつつも、自然に逆らわずあるがままを受け入れる考え方は、人間の生き方にすら深い示唆を与えてくれる。


抜いても抜いても、果てしなく生えてくる雑草と戦うのではなく、いくつかの本当に不要な雑草のみを抜き取り、雑草とて美しいものは残して共存の道を探るという、選択的除草という考え方も、広義には同じ潮流なのだろう。


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午前9時から、12時の閉店ギリギリまで、丸々3時間。


いつまでも飽きる事なく植物を眺め、午後は斜面に食らいつく庭師ティロの、不毛の地における開拓民並みの過酷な奮闘を、見守る。


しぶといグラスの根と、硬い石の山が作業を阻み、彼の体に負担をかけるのだけれど、ひとたび何かに取り組むと、休む間も無く集中して取り組む彼に、私の制止など役に立たぬ事は、この数年で学んだ。


3000メートル級の雪山に一人分け入り、スキーで滑り降りてきたり、ロードバイクで7時間のツアーに出たりと、常人の想像が及ばない事を、平気でやってのける人間だからこそ、国立歌劇場管弦楽団やウィーン・フィルの一員として、過密なスケジュールにも、音を上げる事なく演奏し続ける事ができるのだろう。


いかに辛かろうと、彼の好きにさせるのが、何よりいいのだ。


夫の苦行を傍目に、私は陰生植物を木陰に植えつけ、美しい植物たちの姿を眺めて、愉悦に浸る。


夕食は、冷蔵庫の有り合わせにて。


モロッコインゲンを茹でて、ゲランドの塩とブラックペッパー、オリーブオイルと胡麻で和えてみた。


庭から摘み取ったサラダ菜には、鮎の魚醤とココナッツシュガー。


ライムで味をつけた挽肉の、タイ風ラープムー・サラダを合わせて。


メインのパスタは、蕎麦粉のフジッリを、鶏もも肉のトマトソースで。


ハーブガーデンから、フレッシュなオレガノを添えて。


コロナ禍で、鬱屈とした日々を送っていたものの、久々に良い一日だったと思う。


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