『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、作家 椎名誠のエッセイ『この道をどこまでも行くんだ』を、お送りしています。
今夜は、その第2夜。
「獲る」の章より、「メコン川のドンダイ漁」。
大きな大きなメコン川に、竹が何本も立ててあり、その竹と竹の間に、小さな小屋がある。
その小屋の役割とは?
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インドシナ半島のほぼ真ん中を貫くメコン川は、チベットから中国の雲南省辺りを経由して、ラオス、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムと、いくつもの国を経て、南シナ海に注ぐ。
日本列島よりも遥かに長い、この川の河口は、対岸を見る事ができないくらい広大で、船で下ってくると、どこまでがメコン川で、どこからが海なのか、分からない。
源流から河口まで、おびただしい種類の魚介類が生息しているが、汽水域が広いので、その動物層の居住区域も、明確ではない。
地元の人に聞いても、100キロとか1000キロなど、でまかせと思えるような答えが返ってくる。
満ち潮も引き潮もあるから、どっちにしても、正確に測る事はできないのだろう。
河口付近には、長さ300メートルぐらいの幅に、太い竹竿が何十本も突き刺さっており、それにワイヤーを絡ませた、細い竹が全体を繋げている。
そういうものが至る所にあり、共通しているのは、その真ん中辺に2メートル四方ぐらいの、小屋のようなものが作られている事だ。
[小屋]
この大掛かりな装置は、河口を出入りする魚を網にかける、ドンダイ漁と言われるもので、粗末な小屋には大抵男が1人いて、仕掛けを管理している。
この、横に広い竹柵の至る所に、袋網が仕掛けてあって、川と海が規則的に繰り返す、満潮と干潮を利用して、魚を獲っているのだ。
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僕は、結構内陸にある漁師の集落から船に乗って、このドンダイ漁を見に行った。
船が近づいていくと、小屋から男が出てきて、船が網を引き上げるのを手伝っていた。
[網]
網の中には、小魚を中心に鰻や海老、蟹などの雑多な獲物が、その日は一袋に100キロぐらい入っていた。
いくつもあるそれらの獲物の袋を船に運び込むと、一服する間も無く、船は本拠地に帰っていく。
彼らが作業をしている間、僕はその男の住んでいる空中の小屋の中を見せてもらったが、テレビも無線も無く、丸められた布と炭のコンロが、片隅に転がっているだけだった。
網で生け捕った魚を、船が引き上げると、網管理の男のその日の仕事は、終わりである。
その後、海水が川の内側に流れ込んでくると、翌日やってきた回収船には、海からの獲物である小魚類を同じように積み込むのである。
見回したところ、この海上で一人で暮らしている男が、どこかへ行こうとしても、小舟一艘繋がれていなかったから、大時化の時などそれがやってくる前に、ボートで安全な場所に逃げ帰るという事も、できない訳だ。
男に聞いたら、2週間その小屋にこもって毎日同じ仕事をやり、3日ほど集落に帰って、新しい食料などを仕込んだりして、またその小屋での生活に、戻るのだという。
よほど孤独に耐えられる強い男でないと、務められない仕事なんだろうなぁ、と思った。
【画像出典】