『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、作家 椎名誠のエッセイ『この道をどこまでも行くんだ』をお送りします。
椎名誠は、1944年生まれ、千葉県育ち。
10歳から壁新聞の編集長を務め、11歳の時、スウェン・ヘディンの探検紀行『さまよえる湖』に感銘を受ける。
世界中を旅し、写真を撮り、映画を作り、79歳の今も文章を発表している。
『この道をどこまでも行くんだ』は、南米大陸からアジア、シベリアまで、その土地その土地で出会った人や動物の営みを綴った、一冊である。
今夜は、その第1夜。
「獲る」の章から、「アマゾンのでかナマズ」。
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アマゾン川の河口は広い。
幅が広い、という事である。
対岸から対岸まで、400キロほどもあり、その真ん中にマラジョー島という大きな島がある。
アマゾン川は、その島の両側を囲うように流れているから、その島は日本風に言うと川中島、という事になる。
しかし行ってみると、単なる島ではなく、九州ぐらいの大きさがある。
[マラジョー島]
この中洲には、筑後川ぐらいの川が流れていて、なんだか訳が分からなくなる。
人は数ヶ所に固まって住んでいるだけだ。
アマゾンの河口で一番大きな港湾都市ベレンは、いつ行っても大勢の人々が、まるでめちゃくちゃに交差する、人間たちのカオスのような様相で、ごった返している。
[ベレン]
この辺りは、アマゾン川が海の中を進む川として、長さ500キロほどの凄まじいスケールで、大西洋に流れ続けているという。
したがって、海水、淡水、汽水の領域がごっちゃになって、おびただしい種類の魚介類が毎日水揚げされ、港の街は海や川や生き物が、サンバのリズムと共に毎日賑わい、浮かれているようだ。
その日はフィリッチョという、アマゾンの大ナマズが水揚げされたところで、1匹が100キロ以上ある。
口は、大きいものだと80センチぐらいは、軽くある。
だから、人喰いナマズとも言われているが、味は美味く、この日は11匹も荷揚げされたから、さらにいつもの賑わいが、加速されていた。
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港湾市場には、漁師の他に魚介類の荷受け人や、魚の卸売業の仲を取り持つ、なんでも運び屋のような仕事の人が、沢山いた。
もう30年もこういう仕事をしているという人は、完全にガニ股化しており、長年重いものを頭で支えてきたからなのか、首が肩にめり込んでいる感じだ。
二人がかりで運ばれてきた大ナマズ(フィリッチョ)は、200キロまで測れる大きな台ばかりの上で計量され、値段がつけられる。
その辺のシステムは、日本の魚市場と変わらないが、扱われる魚がみんな途轍もなく巨大なので、その辺が築地辺りとはだいぶ様子が違う。
市場の中を歩いていてびっくりしたのは、畳4枚分ぐらいある、大きなエイを見た時だった。
まだ生きていて、尻尾の横の方に、いかにも悪どい働きをする、固くて鋭い針がついていて、扱いを知らない人が時々刺されるという。
何しろ巨大なエイだから、間が悪いと、人間が死ぬ事もあるそうだ。
フィリッチョは、そこからアマゾン各地の、魚類専門店やレストランに運ばれていく。
どこの国でもそうなのだろうが、こうした所には市場で働く人や観光客などを相手にした、大衆料理店がいくつもあり、そのうちの一つで、水揚げされたばかりと思しきナマズ料理を食べた。
巨大なナマズは白身の部分が多く、それを軽く煮込んだスープも、脂で白濁した層が出来ている。
ナイフやフォークで身を切り取り、唐辛子を主体にした凄まじく辛い調味料と、レモンやライムをどっさりかけて食べる。
これが地元の安酒にぴったりで、アマゾンの喧騒もちょうどいいBGM代わりになる。
【画像出典】