『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、作家、椎名誠のエッセイ『この道をどこまでも行くんだ』を、お送りしています。
今夜は、その第3夜。
「遊民」の章から、「マサイ族の暇つぶし」。
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アフリカのマサイ族は、みんな槍を持っている。
子供でも持っている。
彼らの仕事は遊牧が多いが、いわゆる防護(柵とか電撃装置のある囲い)の全く無い所に、家畜を放っているので、いつ野獣に襲われるか分からない。
そのためにも、槍は必要だ。
[マサイ族]
実際には、家畜を襲う野獣は群れの背後からとか、夜間などに忍び寄ってくるので、実戦には、もう槍はそれほど役に立たなくなっているが、そうであっても持っていないと不安、という事もあるのだろう。
マサイ族は長身が多いし、そういう状況だから、目が殺気立っている。
サバンナの細い通路をマサイ族とすれ違うと、その殺気で、こちらの精神が震える。
写真を撮られるのが特に嫌いで、神経質なところがある。
槍を向けられるので、普通の感覚では、まず写真など撮れない。
それでもマサイは、結構イタズラ好きなところがある。
近くに象の群れがいた時だ。
ちなみに象を怒らせると、これは別の意味で、マサイ族よりも恐ろしい。
何かの不都合があって象に追われたら、もう助からない、と言われている。
なぜなら、象の走るスピードは、その巨体に似合わず速いからだ。
[象]
木か何かに登れたとしても、本当に怒った象は、その木に体当たりしてくる。
だから、象は絶対に怒らせない事だ、と比較的おとなしいキクユ族に教えてもらった。
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マサイ族と、象の群れが鉢合わせした時だ。
象もマサイも、いたずらに喧嘩する事は無いから、出会い頭になっても、お互いに知らんぷりをしている事が多い。
相互に刺激し合わなければ、平和なのだ。
ところが、僕が写真を撮った時、子供も連れているマサイ族の5人は、暇だった。
暇と言えば、家畜の放牧に行くマサイ族は、年がら年中暇なのであるが。
で、近くにいる象の群れに、彼らは石を投げては、知らんぷりを決め込んでいる。
象は、どこから石が飛んできたか、よく分からない。
象と象同士、色々話し合っているみたいだった。
結局、誰が投げたかは判明しない。
で、少し経つと、石が飛んできたのを忘れてしまう。
マサイ族は、それを盗み見て、仲間内でクスクス笑うのだ。
しばらくすると、また別のマサイが、象に石を投げる。
同じ事が繰り返される。
みんなで一斉に石を投げたら、利口な象には、その5人組が攻撃者だという事が分かるから、その後は戦いになる。
さっきも書いたように、象が走って攻めてきたら、マサイといえども勝ち目は無い。
キクユ族に聞いたら、そんな時は、マサイの5人組はそれぞれ別方向に向かって、逃げるらしい。
象は、5組に分かれて攻撃するというほどまでは、敵対感覚は無いから。
この勝負、イタズラマサイの勝ち、という事になるのだ。
【画像出典】