『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、作家、椎名誠のエッセイ『この道をどこまでも行くんだ』をお送りしています。
今夜はその第4夜。
「雲と命」の章から、「ペンギンと暮らした」。
今回の旅は、パタゴニアから500キロほどにある、南大西洋のイギリス領フォークランド諸島。
鳥の島での、テント生活である。
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フォークランドのウェッデル島は、全島鳥の島で、世界各地から鳥類学者が、研究のためにやってくる。
人家というものは無く、自炊のテント暮らしになるが、ペンギンたちがそれほど頻繁に人間と接してはいないからなのだろう。
人間が近寄っていっても、平気な顔をして突っ立っているし、こちらが夕食の支度で何か作っていると、煮炊きの湯気や煙が珍しいのか、近くにやってきて、5〜6羽でガーガーやりながら見物している。
人間が、何か大道芸人の芸を見る時のように、等間隔でぐるりと輪を作って、ペンギンはペンギンの言葉で、わしゃわしゃキャーキャー、ひっきりなしに何か話している。
その様子が、
「こいつらは、一体何者だ?
あまり美味そうには見えないから、自分らの食べ物にはならないけれど、まあ退屈だから、しばらく眺めてみっか!」
というような態度に見えてしょうがない。
この島には結構長くいたが、ペンギンは種類によって、コロニーの形態も大きさも違う。
キングペンギンは、身長1メートル前後もあり、胸を反らせて歩くところなど、なかなか勇壮である。
[キングペンギン]
次によく目につくのは、イワトビペンギン(ロックホッパー)で、それは一旦顔を見ると忘れられない。
まるで歌舞伎の隈取りをしているように、ピンと左右に跳ね上がった黄色い眉と、ちょっと眼つけしているような鋭い目が、なかなかのものだ。
[イワトビペンギン]
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イワトビペンギンは岩壁に住んでいて、海から餌を獲ってくると、短い足ながら驚くべき跳躍力で、本当に段差のある岩の上をポンポン跳んでいって、高さ10〜20メートルの断崖に作った自分の巣に、きちんと帰っていくのである。
ちょっと帰りがけに、そこらに寄って1杯引っかける、というような堕落した我々の世界とは程遠く、全身が強い意志の塊となって、間違えず自分の妻子のところに帰るのだ。
その他にも、穴蔵に住むゼンツーペンギンや、アデリーペンギンがいる。
彼らは、大きさも餌も暮らし方も少しずつ違っていて、それ故にかち合う事も無いので、別種族同士が争うなどという事は、まず無いそうだ。
ある時、キングペンギンの側に、我々はテントを張ってしまった。
その日からの彼らのお喋りには、ほとほと参った。
夜が更けても、十数羽のペンギンが集まって、お喋りしているとしか思えない熱心さで、鳴き続けている。
「きっと、亭主の悪口を言っているに違いない」
と言いながら、夕食後にそんな風景を眺めていた。
その雄は、結構ちゃんと海の中をすっ飛んでいき、小さな魚を沢山喉に詰まらせるという、蓄積漁法というようなものをやっている。
それらを吐き出すと、雛の餌になるのだ。
彼らは海の弾丸で、岸に上がってくる時が素晴らしい。
上手く波に乗って、水中からいきなり飛び出てきて、陸地に垂直にストンと、立ち上がるのだ。
その着地のスタイルが、まるでオリンピックの何かの競技のようで、思わず「9.6」なんて書いたカードを、掲げたくなる。
そういうものを、持っていればの話だが。
【画像出典】