『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、文筆家・松浦弥太郎の旅行記『居ごこちのよい旅』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその第2夜。
世界を巡り、各地の個性溢れる書店や、その土地のライフスタイルについて綴ってきた松浦は、真冬の東京を飛び立ち、陽の光が眩しいカリフォルニア・ロサンゼルスの街を訪れていた。
メキシコ人街エコーパークで見つけた、1軒のジーンズショップ。
ワークという名のその店は、ロビーとブライアンという2人の青年がオープンした、完全オーダーメイドのジーンズ専門店だった。
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「どうして、この街に店を開こうと思ったの?」
と、僕はロビーに聞いた。
「ここだけがロスっぽくなくてさ。
特にこのブロックは、のんびりしてて、良かったんだ。
今朝もサーフィンをしてから店に来たんだ」
と、彼ははにかみながら言う。
彼の履いたジーンズは、この街の雰囲気のようにゆったりとして、肌触りが良さそうに見えた。
ショー・ポニーは、乙女の引き出しを開けたような、フェミニンな雑貨やアクセサリーを売る、注目のガーリーショップだ。
店主のキミー・ビュゼリは、画家としても活動していて、実を言うと僕は、彼女に会えるのを楽しみにしていた。
ところが残念な事に、今日はドアに鍵がかかったままだ。
「風邪をひいてしまって、今日はお休みします」
と書かれたメモが、ガラスに貼ってある。
その癖の強い筆跡は、確かに作品などで目にしてきた、彼女自身のものだった。
このブロックには、若いクリエイターが開いた店が5〜6軒集まり、ちょっとしたローカルコミュニティが生まれている。
その親密な雰囲気が心地良く、僕にしては珍しく、何かを買って帰りたいという気持ちが湧き上がった。
ハンチョロという、ストリートファッションを売る店で、"LOS"という文字の入った、普段決して履かなそうなスポーツソックスを買う。
25ドルの無駄遣いに、苦笑い。
カフェ・チャンゴに戻って、チャイを注文し、外のテーブルで足を休める。
今日も、太陽の光がさんさんと降り注ぐ一日だ。
夜はきっと、星が綺麗だろうなぁ。
僕はノートを取り出し、白紙のページに1本の線を、ペンで引く。
その余白に、いくつもの風景を描いていく。
それは、地図を書くと言うよりも、この街を忘れたくないがための記録だった。
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エコーパーク・アベニューから、フィルムセンターまで歩いた。
サンセットまで戻り、アルバラード・ストリートを曲がると、もうすぐだ。
フィルムセンターは健在だった。
主催するパオロも、リサも、元気だった。
[フィルムセンター]
隣にあったインディペンデントな小さな本屋は、移転していた。
その理由をパオロに聞くと、このエリアも昔に比べて、どんどんと地代が上がっていて、理不尽な家賃の値上げに従うくらいなら出て行くよ、という事になったらしい。
幸いにも、フィルムセンターは賛助会員からの寄付や、市から与えられる助成金のおかげで留まる事ができたが、それでも値上げ反対の署名運動などを展開して、相当頑張ったという。
彼らに教えてもらったメキシカンファストフードの、ロデオ・メキシカン・グリルで、ランチを取る。
[ロデオ・メキシカン・グリル]
ファストフードと言いながらも、アボカドがたっぷりと入ったトルティーヤスープと、程よい辛さのサルサソースのかかったチキンファフィータの美味しさは、本格的だった。
ボリュームの多さに驚いたが、美味しくて残さずに食べてしまった。
タマリンドジュースを生まれて初めて飲んでみると、これもまた美味しかった。
懐かしいさつまいものような甘さが、疲れた体に染み込んだ。
車を停めた場所に戻る途中、サンセット沿いにシー・レベルという、レコードCDショップを見つけた。
ここもまた、エコーパークのローカルコミュニティを担ったスポットだ。
「アコースティックで、何かおすすめはないかな?」
と店員の若い女性に聞くと、悩む事なく、マウント・エジプトというアーティストのアルバムを薦めてくれる。
元プロスケーターの、トラビス・グレイブスがバンド名義でリリースしたアルバムなのだそうだ。
早速買った2枚を、車の中で聴いてみる。
若い頃のニール・ヤングを彷彿とさせるような、美しい声だった。
眩しい夕焼けの中、メロウな曲に乗って、モーテルへと帰る。
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