2023/2/15 居ごこちのよい旅③ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、文筆家・松浦弥太郎の旅行記『居ごこちのよい旅』より、一部編集してお送りしています。


今夜はその第3夜。


真冬の東京を飛び立ち、陽の光が眩しいカリフォルニア・ロサンゼルスの街を訪れた、松浦弥太郎。


文筆家であり、セレクトブックストアの代表でもある彼は、やはりこの街でも本にゆかりのある場所に、引き寄せられる。


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少し前に、バークレーの本屋で手に入れた、『リトル・プレス』がある。


短編小説を1話だけ収めた、装丁に活版印刷を使った、20ページほどの小冊子だ。


小粋なデザインが施された、表紙が美しい一冊だ。


その『リトル・プレス』を作っている、クローバーフィールド・プレスが、シルバーレイクにあると知って、連絡を取った。


どんな人が、どんな風にこの本を作っているかを、僕は知りたかった。


クローバーフィールド・プレスという素敵な名前にも、魅力を感じていた。


教えてもらった住所を訪ねると、ピンク色の可愛らしい一軒家が見つかる。


家の横のガレージに、男性の姿が見えたので声をかけると、連絡を取り合ったマシューだった。


背が高く、笑顔が素敵な人だ。


手を伸ばして挨拶をすると、キッチン裏のドアから、2人の女性がにこやかに現れた。


エレノアと、ロランスだ。


クローバーフィールドは、この3人によって作られた、出版社だ。


裏庭のガレージに、大きな洗濯機2台分くらいの機械がある。


様々な大きさの鉄輪とベルトが複雑に入り組んだ、横から見るとロボットのような機械だ。


「これが、活版印刷機?」


と聞くと、


「そうよ。


これで、本の表紙を印刷しているの」


と、エレノアが教えてくれた。


彼女は、インクの染みが沢山付いた、ダボっとしたオーバーオールを着ている。


活版制作と印刷が、彼女の仕事だ。


そしてこの家は、彼女の自宅だった。


「ちょっと待ってね。


今、動かしてあげるから」


エレノアはそう言って、機械のスイッチを入れて、どのようにして表紙の紙に活版が印刷されていくのかを、見せてくれた。


印刷機が、まるで生きているかのように、ヨイショ、ヨイショと動いた。


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「この機械は、どうやって手に入れたの?」


と聞くと、イーベイでコンディションのいい物をやっと見つけて、わざわざシアトルまで車で引き取りに行ったと、彼女は言った。


眩しい日差しに包まれて動き続ける活版印刷機を、エレノアは愛おしそうに見つめている。


「さあ、こっちで話そうよ」


マシューはキッチンルームに僕を誘った。


キッチンの横に置かれた、小さなテーブルを囲んで、僕らは話し合う。


エレノアは、座らずに冷蔵庫に寄りかかったままだった。


その気軽さが、僕をリラックスさせてくれた。


まずは、クローバーフィールド・プレスの始まりからだ。


手本になっているのは、バージニア・ウルフ夫妻が自費出版していた、作家と芸術家をコラボレートさせた、特装本なのだという。


マシューのパートナー、ロランスが言う。


「小さくてページ数が少なくても、美しい本を作れば、本の好きな読者は手に取ってくれるだろうし、美しい本であれば、作家もその一冊として、自分の作品を発表したいと考えると思うの」


そしてマシューが続く。


「何より僕らは、美しい本を作ろうと思ったのさ。


美しい本は装丁が重要だから、そこだけは、他に真似のできないクオリティの高いものにしたかったんだ。


そして、1冊の本を作るには、それ相応の時間もかかる。


今の出版業界のスピードは、あまりにも速すぎると思う。


僕らは本作りの時間を、作家やアーティストと、じっくりと楽しみたいんだ」


[装丁本]


手順としては、まず作家の作品が決まってから、装丁デザインをアーティストに依頼し、イラストの原画を活版に起こして、印刷を何度も試しながら、表紙を刷っていく。


そうやって、本当に手間暇をかけて、1冊が出来上がっていく。


【画像出典】