『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、文筆家・松浦弥太郎の旅行記『居ごこちのよい旅』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその第3夜。
真冬の東京を飛び立ち、陽の光が眩しいカリフォルニア・ロサンゼルスの街を訪れた、松浦弥太郎。
文筆家であり、セレクトブックストアの代表でもある彼は、やはりこの街でも本にゆかりのある場所に、引き寄せられる。
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少し前に、バークレーの本屋で手に入れた、『リトル・プレス』がある。
短編小説を1話だけ収めた、装丁に活版印刷を使った、20ページほどの小冊子だ。
小粋なデザインが施された、表紙が美しい一冊だ。
その『リトル・プレス』を作っている、クローバーフィールド・プレスが、シルバーレイクにあると知って、連絡を取った。
どんな人が、どんな風にこの本を作っているかを、僕は知りたかった。
クローバーフィールド・プレスという素敵な名前にも、魅力を感じていた。
教えてもらった住所を訪ねると、ピンク色の可愛らしい一軒家が見つかる。
家の横のガレージに、男性の姿が見えたので声をかけると、連絡を取り合ったマシューだった。
背が高く、笑顔が素敵な人だ。
手を伸ばして挨拶をすると、キッチン裏のドアから、2人の女性がにこやかに現れた。
エレノアと、ロランスだ。
クローバーフィールドは、この3人によって作られた、出版社だ。
裏庭のガレージに、大きな洗濯機2台分くらいの機械がある。
様々な大きさの鉄輪とベルトが複雑に入り組んだ、横から見るとロボットのような機械だ。
「これが、活版印刷機?」
と聞くと、
「そうよ。
これで、本の表紙を印刷しているの」
と、エレノアが教えてくれた。
彼女は、インクの染みが沢山付いた、ダボっとしたオーバーオールを着ている。
活版制作と印刷が、彼女の仕事だ。
そしてこの家は、彼女の自宅だった。
「ちょっと待ってね。
今、動かしてあげるから」
エレノアはそう言って、機械のスイッチを入れて、どのようにして表紙の紙に活版が印刷されていくのかを、見せてくれた。
印刷機が、まるで生きているかのように、ヨイショ、ヨイショと動いた。
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「この機械は、どうやって手に入れたの?」
と聞くと、イーベイでコンディションのいい物をやっと見つけて、わざわざシアトルまで車で引き取りに行ったと、彼女は言った。
眩しい日差しに包まれて動き続ける活版印刷機を、エレノアは愛おしそうに見つめている。
「さあ、こっちで話そうよ」
マシューはキッチンルームに僕を誘った。
キッチンの横に置かれた、小さなテーブルを囲んで、僕らは話し合う。
エレノアは、座らずに冷蔵庫に寄りかかったままだった。
その気軽さが、僕をリラックスさせてくれた。
まずは、クローバーフィールド・プレスの始まりからだ。
手本になっているのは、バージニア・ウルフ夫妻が自費出版していた、作家と芸術家をコラボレートさせた、特装本なのだという。
マシューのパートナー、ロランスが言う。
「小さくてページ数が少なくても、美しい本を作れば、本の好きな読者は手に取ってくれるだろうし、美しい本であれば、作家もその一冊として、自分の作品を発表したいと考えると思うの」
そしてマシューが続く。
「何より僕らは、美しい本を作ろうと思ったのさ。
美しい本は装丁が重要だから、そこだけは、他に真似のできないクオリティの高いものにしたかったんだ。
そして、1冊の本を作るには、それ相応の時間もかかる。
今の出版業界のスピードは、あまりにも速すぎると思う。
僕らは本作りの時間を、作家やアーティストと、じっくりと楽しみたいんだ」
[装丁本]
手順としては、まず作家の作品が決まってから、装丁デザインをアーティストに依頼し、イラストの原画を活版に起こして、印刷を何度も試しながら、表紙を刷っていく。
そうやって、本当に手間暇をかけて、1冊が出来上がっていく。
【画像出典】