『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、文筆家・松浦弥太郎の旅行記『居ごこちのよい旅』より、一部編集してお送りします。
今夜はその第1夜。
文筆家、エッセイスト、セレクトブックストアの代表であり、編集者である松浦弥太郎が綴る、世界の風景、その土地の営み。
暮らすように旅をする松浦の、カリフォルニア・ロサンゼルスでの日々。
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不思議な事に、旅先では朝食の事を考えるのが、一番の幸せだ。
今日の朝食は、ローズ・アベニューにある、ローズ・カフェに行く事にしよう。
古いガス会社のビルをリノベートした建物は、天井が高く開放的で、草花が咲き誇る中庭を持つ母屋は、隠れ家風になっている。
[ローズ・カフェ]
今朝は、ハウスメイド・グラノーラの、ソイミルクかけを選んだ。
席に着いて一口食べて、驚いた。
グラノーラが、最高に美味しい。
ドライフルーツとアーモンドのバランスが絶妙で、蜂蜜とピーナッツバターがたっぷり染み込んだ、自家製オーツの香ばしさが最高だ。
思わず目を瞑って、首を振ってしまう。
これから注文をしようと並んでいる人たちに、
「ここのグラノーラは、世界一だよ」
と、触れて回りたいくらいだ。
大袈裟だとは分かっているけれど、これは最高に美味しいよねと、人と頷き合いながら、この幸せな気持ちを分かち合いたい。
ガラスに写った自分にさえ、僕は声をかけたくなった。
ローズ・カフェで働くスタッフの多くは、ラティーノだ。
セルフサービスのこの店では、自分でカウンターの中のスタッフに注文をするのだが、僕のような英語の拙い外国人の言葉にさえ、にこやかに耳を近づけて聞こうとする優しさが、彼らにはある。
ロサンゼルスと言うと、かたやセレブとか、冷たい白人社会という印象もあるけれど、彼らラティーノの優しい人柄こそが、この町を支えているのだと僕は思う。
彼らのこぼれるような笑顔と、親しみに溢れた言葉に触れるだけで、一日の活力が湧いてくるし、自分も他人に優しくなれそうだ。
うん、ここは良い店だ。
比べる店さえ、思いつかない。
美味しい朝食に出会うと、それだけで一日がときめいてしまう。
大事なのは、人だと思う。
人が生み出す、風景だ。
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今朝も、よく晴れている。
モーテルから、町の北に位置するメキシコ人街、エコーパークに向かう。
すぐ近くのシルバーレイクと同じく、このエリアには、数年前から若いクリエイターたちが移り住み、インディペンデントなショップやスポットが増えている。
[エコーパーク]
トラックに映像機材を積み込み、映画館の無い地方に出向いて、マイクロシネマという映画上映会を催したり、また映画制作のワークショップを行っているNPO団体、エコーパーク・フィルムセンターも、ここをベースにしている。
ビルボードで有名な、サンセット・ブルバードの外れが、街への入り口だ。
ウエストハリウッドから車で30分。
エコーパーク・アベニューへと、ゆるゆると車を進めながら、僕は車が停められそうな場所を探す。
佇まいからして緩そうな、チャンゴというカフェが、ブロックの角にあった。
目を細めたくなるような、柔らかい陽だまりが、僕を包み込む。
通りには、数軒の古着屋や雑貨屋があり、店の人たちは皆歩道に出て、呑気に立ち話をしていた。
裏返しにしたジーンズを、ショーウィンドウにポツンと置いた、ワークという店に入ってみた。
ハンガーにジーンズが2〜3本掛けられ、ロフト風の2階には、大きな工業ミシンが2台置かれている。
「ここは、何屋ですか?」
と店の青年に聞くと、
「昔のテーラーのように、完全オーダーメイドのジーンズ屋だよ」
と、教えてくれた。
彼の名は、ロビーといった。
ブライアンという友人と、2ヶ月前に始めたばかりの店だという。
店は簡素で、清潔だ。
「頼むと、何日で仕上がるの?」
と聞くと、
「そうだね、普通は4日くらいかな」
と答えた。
彼の足元には、セントバーナードが寝転んでいて、僕の事をチラッと見て、大きなあくびをした。
【画像出典】