『JET STREAM』
作家が描く世界への旅。
今週は、『ジェットストリーム イン ハワイ』。
作家・池澤夏樹の小説『カイマナヒラの家』より、一部編集してお送りしています。
今夜はその第3夜。
主人公が、ワイキキの沖で出会った青年ロビンは、伝統的なハワイ建築の広大な家に、ジェニーとサムの3人で住んでいた。
庭から、ダイヤモンドヘッドが見える、家だった。
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ハワイイの名門アレグザンダー家が、1930年頃、当時ハワイイで一番の建築家と言われた、チャールズ・ディッキーに依頼して建てたという、カイマナヒラの家は、全体に開けっ放しで、風のよく通る、明るい家だった。
行っても行っても終わらないほど大きかった。
広大な居間を中心に、やはり広い寝室が6つくらいあって、それぞれにバスルームが付いていて、それから食堂があり、キッチンがあり、こぢんまりした図書室があり、何だか分からない部屋も、いくつかあった。
天井は高く、床は1フィート角ぐらいのきめの粗い石造り。
サムが指差したのは、ポーチの庭に面したガラス戸の上にはめ込まれた、ステンドグラスだった。
流れるような輪郭で描かれているのは、しっかりした顔立ちの大柄な女性。
「ペレだ。
ハワイイの、火山の女神。
強くて、怖い神様だ。
嫉妬深いしね。
でも、ペレがいなければ、ハワイイは無かった。
ここは、火山の島だから」
[ペレ]
ポーチには、全部で4枚のステンドグラスがあり、それぞれにハワイイ神話の4人の神様がいた。
「庭に出てみよう」
と、サムが促す。
庭には、松葉が敷き詰めたように散っていた。
家全体が松林の中にある。
目の前が海。
簡単な柵の向こうに、人が歩けるだけの細い道があって、その先3メートルの段差を下ると、もう砂浜。
その浜も狭くて、すぐに海になっている。
「家から出て、すぐサーフィンができるだろう?」
と言うサムに僕は、
「ボードを抱えて、庭を横切ったら、もう海なんだね」
と答えた。
「それでさ、後ろは・・・ほら、ダイヤモンドヘッド」
そうサムに言われて振り向くと、松の木の間に、山が見えた。
[ダイヤモンドヘッド]
そうだった。
沖から見たのに、さっき、ロビンと来た時は気が付かなかった。
それにしても、こんなに、近いのか。
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「『カイマナヒラ』って歌があるだろ?」
サムが言い出した。
「ハワイイアンのスタンダードナンバー」
と僕は答えて、メロディーをちょっとハミングした。
「そう。
あれは、あの山の事だよ。
ダイヤモンドヘッドは、"ダイヤモンド・ヒル"とも言う。
そして、ダイヤモンド・ヒルをハワイイ語で発音すると、"カイマナ・ヒラ"になる。
ダイヤモンド・ヒル、カイマナ・ヒラ。
分かるだろ?」
その時はよく分からなかったが、この名前の響きは、この家に何度も通ううちに、次第に僕の中に浸透していった。
「夕食に行くんだけど、よかったら一緒にどう?」
と、ジェニーが言った。
「ここはね、だいたい朝はみんな家で食べて、昼はそれぞれ出た先で食べて、夜はどこかに食べに行く事にしているの。
家族ではないから、誰も義務としては料理をしない。
気が向いた時は別だけど」
なるほど、と思いながら、僕は彼ら3人と一緒に、バナゴンに乗った。
「あのフォルクスワーゲンのマイクロバスは?」
と聞くと、
「僕のコレクション」
とロビンが言った。
すると、ジェニーが加える。
「ロビンはコレクターなのよ。
あの車と、ヴィンテージのアロハと、それからゴーギャンの絵の複製と・・・あとは、何?」
「それだけだよ」
「ガールフレンドは?」
と僕が聞くと、
「ハッハッハッハッ、もう若くないからね」
とロビンが笑った。
それがどこまで冗談だったかは分からないが、今考えても、確かにあの場の四人は、もう若くはなかった。
僕はサーフィンに夢中になって、ハワイイに通うなんて事は、20代に済ませておけばよかったのにという年頃だったし、他の3人も似たようなもの、だった。
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