レイズとマリナーズの試合を流しながらセミナー案件の準備をしています。
今日のマリナーズはエラーが多い。エラーがなければ楽に勝てる展開なのに、連敗中なのでやる気が無い感じ・・・。

さて、今年のセミナーが例年と違うのは、保護者向けの依頼が増えていることです。
福島県内の保護者向けセミナーは、今とても難しく、他の講師はあまりやりたがりません。その理由は、ちゃんと話そうとすると必ず放射能の話になるからです。
県の事業で講演に行くことが多いのですが、実は県は「福島の人口流出を食い止める」というテーマを持っています。私は依頼を受ける前に、間接的に「福島に留まれ」「福島に戻れ」という話はできませんと申し上げてきました。
昨年はFターンガイダンスという事業で講師をしましたが、これは震災前の契約案件で断れなかったものです。しかし話の中では「自分でリスクを判断し、勤務地にとらわれないように」という話をさせていただきました。今年は結局、私の関係団体は受託しなかったのですが、入札前にすでに内々で講師はお断りしていました。
正直、福島県の仕事や文科省の仕事をしていると言うと、今は他県ではあまり良い印象は持たれません。県民を避難させないために講話をしていると思われている気がします。しかし、この事業に関する私のスタンスはあくまで『被災者支援』です。
よく世間では『被災地支援』と『被災者支援』が混同された話を聞きます。よく聞くと『被災地支援』というのはお金の話です。地元の産業の復興、経済の活性化、人口を減らさない、食べて応援、などのフレーズです。私はこれには真っ向から反対です。なぜなら『人』というものが欠落しているからです。放射能という見えない危険、誰もコントロールできない危険に対しては最悪の想定をしなければならないと思っています。「汚染された可能性のある場所で経済を復興させる」というのは、極論すればやる側の思い込みであって、お客の立場を全く無視した考え方だと思っています。
私はあくまで場所ではなく『被災者支援』をします。福島の若者をできれば外の世界に出し、地元貢献はいろいろな形でやればいいと考えています。成功して戻ってもいいし、外貨を稼いで寄付したって良い。しかし、単なる感情論や一時の思い込みでリスクとハンデのある地元にこだわるのはちょっとよく考えてみて、と言っています。それでも本人が戻りたければ応援します。地元就職や地元企業の支援もしますよ、というのが私の明確なスタンスです。

その中で保護者に言っていることは「お子さんの30年後に誰がリスクを取れるのか」ということです。「先生も親も、講師の私も、30年後は死んでいるかもしれない、だからリスクを取れるのは本人だけ。」アドバイスや情報提供はしてもいいが、本人の判断をゆがめる権利は無いですよ、とはっきり申し上げています。私も同じ立場なので、こういうことを言うたびに心臓がキュッと締まります。自分への戒めでもあります。
今日のマリナーズはエラーが多い。エラーがなければ楽に勝てる展開なのに、連敗中なのでやる気が無い感じ・・・。

さて、今年のセミナーが例年と違うのは、保護者向けの依頼が増えていることです。
福島県内の保護者向けセミナーは、今とても難しく、他の講師はあまりやりたがりません。その理由は、ちゃんと話そうとすると必ず放射能の話になるからです。
県の事業で講演に行くことが多いのですが、実は県は「福島の人口流出を食い止める」というテーマを持っています。私は依頼を受ける前に、間接的に「福島に留まれ」「福島に戻れ」という話はできませんと申し上げてきました。
昨年はFターンガイダンスという事業で講師をしましたが、これは震災前の契約案件で断れなかったものです。しかし話の中では「自分でリスクを判断し、勤務地にとらわれないように」という話をさせていただきました。今年は結局、私の関係団体は受託しなかったのですが、入札前にすでに内々で講師はお断りしていました。
正直、福島県の仕事や文科省の仕事をしていると言うと、今は他県ではあまり良い印象は持たれません。県民を避難させないために講話をしていると思われている気がします。しかし、この事業に関する私のスタンスはあくまで『被災者支援』です。
よく世間では『被災地支援』と『被災者支援』が混同された話を聞きます。よく聞くと『被災地支援』というのはお金の話です。地元の産業の復興、経済の活性化、人口を減らさない、食べて応援、などのフレーズです。私はこれには真っ向から反対です。なぜなら『人』というものが欠落しているからです。放射能という見えない危険、誰もコントロールできない危険に対しては最悪の想定をしなければならないと思っています。「汚染された可能性のある場所で経済を復興させる」というのは、極論すればやる側の思い込みであって、お客の立場を全く無視した考え方だと思っています。
私はあくまで場所ではなく『被災者支援』をします。福島の若者をできれば外の世界に出し、地元貢献はいろいろな形でやればいいと考えています。成功して戻ってもいいし、外貨を稼いで寄付したって良い。しかし、単なる感情論や一時の思い込みでリスクとハンデのある地元にこだわるのはちょっとよく考えてみて、と言っています。それでも本人が戻りたければ応援します。地元就職や地元企業の支援もしますよ、というのが私の明確なスタンスです。

その中で保護者に言っていることは「お子さんの30年後に誰がリスクを取れるのか」ということです。「先生も親も、講師の私も、30年後は死んでいるかもしれない、だからリスクを取れるのは本人だけ。」アドバイスや情報提供はしてもいいが、本人の判断をゆがめる権利は無いですよ、とはっきり申し上げています。私も同じ立場なので、こういうことを言うたびに心臓がキュッと締まります。自分への戒めでもあります。



