キンダー最後の日 | アメリカ→日本の転校

アメリカ→日本の転校

2013年LA生まれの娘
2018年8月〜地元のキンダー
2019年8月〜マグネット校の1年生
アメリカの学校の知らないこと、驚いたことを書き綴っていましたが、2021年7月、日本に本帰国しました。
これからはアメリカ→日本の転校について書いていきます。

6月7日金曜日で学校はおしまい。私は水曜日の卒業式で疲れ切ってしまい、口内炎が10個位できた。しかし、最後に先生とかにお礼のお手紙を書いたり、ギフトカードを用意したりしなければならず、忙しい毎日。おまけに、娘のクラスメイトで最近仲良くなってきたエジプト人のBに、娘とおそろいのリボンを作ってあげると約束していたので、作ろうとしたら、昨日からBは学校に来てないとのこと。もしかして、木金休むタイプ?と思って、お母さんにテキストしてみたら、まさにそうだった。また日本から戻ってきたら、と約束。

 

なので、先生とTAの先生、ピアレンツセンターのYの3人にカードを手作りし、お礼を書き、Yにはピアスもつけた。バカンスはバハマに行くと言っていたので、バハマのイメージで。先生たちにはターゲットのギフトカード。先生たちには、娘にも書かせた。

 

次の日、朝、校門のところでTAのの先生にプレゼントを渡して来年は別の学校に行くことを伝える。「皆Yが大好きだから寂しいわ」と言ってくれた。

 

クラスの皆が並んでいるところに行くと、すでにJが皆にプレゼントを配っており、Gのママがうちの娘にレゴのプレゼントをいきなりくれていた。Gのママとは先週金曜日に公園で会っておしゃべりし、そのときに、違う学校に行くことを伝えていたのだ。彼女はできればいろんな会議に出たいと言っていて、割と積極的なタイプで、時々話していた。それで、最後にうちの娘にプレゼント持っていくね、と言ってくれていて、本当にレゴをくれたみたい。優しい。

 

皆が先生にプレゼントを渡しているので、娘も最初に渡してしまった。あとでいいじゃんって思ったのだけど、今渡したいらしく。その後、私はプアレンツセンターに行き、Yにプレゼントを渡した。そしたら思いの外喜んでくれて、他の学校に行くことも喜んでくれた。

 

私はここの学校が大好きだけど、たぶん、2,3年以内に日本に帰ると思うので、その前にアメリカのいろんな学校を体験したいんだというと、「それは賢い」と。つい日本的考えで、後ろめたい気分だったが、皆本当に快く個人の選択を尊重してくれて、こういうところはアメリカの良いところだと思う。

 

Yがいうには、ここはとてもいい学校なのだけど、なぜか父兄は学外でこの学校の良さを話さない、なんでかわからないけど。だから、この学校のよさをもっと皆に話して欲しい、と言われた。また、別の学校に行っても、いつでも困った時は相談して、時々遊びにきてねと言ってくれた。実際に、他所の学校に行っても何かのイベントのときに来る人は何人かいるみたい。面白いw

 

そんなことで晴れ晴れとした気持ちで家に帰り、迎えに行ったときに、書類を取りにオフィスに行ったら、Ms. Pがいて、その書類をくれた。Ms. Pはいろんな会議やセミナーを開いてくれて、よく顔を合わせていたが、good luckと言ってくれた。

 

ピックアップの時に担任の先生に最後のあいさつ。気持ちよくお別れできた。

 

最後に校長にも挨拶しにいったら、一番大人気なかった。「あー別の学校に行くと聞いたけど?」だって。

 

でも他の皆とはとても気持ちよくお別れできて、本当にこの学校はいい学校だったなと思う。この学校に続けてきてもいいのだけど。もしかしたらすぐに戻ってきてしまうかも。