前回まで、

 

「私たちは皆、誰かの初恋だった」

2012年の韓国映画、初恋映画の金字塔といわれる「建築学概論」をお題にしております。

 

なお記事の性質上、完全なネタバレ進行となる事を予めご了承ください。

サスペンスやミステリではないので、許される範囲かとの勝手な判断です。

 

このお話は「現在」と「あの頃 1996年」が交差します。

 

「 1996年」

済州島(ちぇじゅど)からソウルの大学に進学したヤン・ソヨン(ペ・スジ 左)は、「建築学概論」の講義で知り合った同学年で近所に住むイ・スンミン(イ・ジェフン 右)と親しくなります。

 

女の子と仲良くするなんて初めての奥手なスンミン(右)は、親友の自称恋愛専門家ナプトゥクくん(チョ・ジョンソク 左)に、何かと教えを請います。

 

「ナプトゥク(納得)」はニックネームで、本名ではないようです。

しかし、ナプトゥクくんが熱く語る恋愛術はどれもが怪しく、雑誌かドラマで聞きかじったようなものばかり。

なのに純情なスンミンは、結構な信頼を置いているようです。

 

「建築学概論」の課題、「遊びの中から住みたい場所を探す」を実行するため、ふたりはソウル郊外、楊平(やんぴょん)の旧;中央線「九屯駅(くどぅんよく 구둔역 )」に出かけます。

(映画内では駅名を変えています)

 

2012年、中央線の新ルート開通により廃駅となった 1940年建築の「九屯駅」は、数多くの映画やドラマに登場するロケ地の定番です。

 

以前記事にしたドラマ「契約主夫殿 オ・ジャクトゥ(婿殿オ・ジャクトゥ)」( 2018 MBC )のワンシーン。

 

 

「建築学概論」に戻り、しっぺが罰ゲームのレール歩きに興じたりして、とても楽しいふたり。

 

するとソヨンが

「あのね、今日、私の誕生日なの」

 

「だったら友だちと、誕生パーティとかしなくっちゃ」とスンミン。

「あれ、きみって友だちじゃなかったの?」とソヨン。

些細な事ですが

1996年11月11日は月曜日

平日の遠出は少々不自然

 

ただし元シナリオは 1990 または ’95年設定だったようで

1990年11月11日は日曜日

1995年11月11日は土曜日

なので矛盾が起きません

 

製作時期のずれによる矛盾よりも、日付のインパクトを重視したようです。

 

大学でソヨンが会話をする場面があるのは同じサークルの遊び人、かなり馴れ馴れしい江南(かんなむ)先輩ジェウク(ユ・ヨンソク)とだけ。

 

他には、友人と挨拶を交わすような場面すら出てきません。

「友だちがいない」というサインに気付かない、スンミンって鈍感なやつ。

 

とはいえ、ふたりきりのささやかな誕生日祝い。

漠然とした未来について語ります。

 

ソヨン「 10年後は何してるのかなあ」

スンミン「きみはピアノを弾いていて、僕は建築家」

 

ソヨンの専攻は音楽科、教養科目として「建築学概論」を受講。

一方のスンミンは建築科。

 

するとソヨンが、

「いいえピアノは辞める。

ピアノなんてうんざりだし、もう嫌い。

私が何て呼ばれてるか知ってる?

『済州島塾出身』

ソウルの子たちにとってはね、

『習ったのはピアノ教室』なんてダサくて恥ずかしい事なのよ。

父にとっては、まあ、自慢の娘なんだけど… 」

ほら「友だちがいない」って明示してるじゃないか、いい加減気付けよスンミン。

無駄に歳を取ると、細かな事ばかりに目が向きます。

 

しかも別の場面で自宅にピアノが無く、あちこちで借りては練習した事が暗示されています。

スンミンはまあ、それを知る由もないのですが。

スンミン「じゃあ、将来は何になりたい?」

ソヨン「アナウンサー。

有名になってお金を稼ぐの。

それよかお金持ちと結婚して、こんな郊外に大きな家を建てるとか。

その時には、きみが家を建ててよね。

いいでしょ?」

 

ソヨンは将来スンミンが家を建てる時の契約金として、自分のお気に入り「記憶の習作」が収録された「展覧会(チョンラムフェ)」の CD を手渡します。

 

「記憶の習作」は 前回 ソヨンに聴かせてもらい、スンミンが衝撃を受けた曲。

 

「私が暮らしたい家はね、こんな感じ」

ソヨンの他愛ない夢の習作(エチュード)

 

「二階建てで窓がたくさん、それに広い庭。

子どもはふたり、だから二階は子ども部屋。おっきな犬も飼いたいな。

あ、それだとちゃんとした門が要るよね… 」

 

1973年のヒット曲、小坂明子の「あなた」を連想してしまうのは古過ぎるかなあ。

もしも私が家を建てたなら

小さな家を建てたでしょう

大きな窓と小さなドアと

部屋には古い暖炉があるのよ

真赤なバラと白いパンジー

子犬の横には あなた…

 

九屯からの帰り道。

遊び疲れ、もたれて眠ってしまうソヨンにスンミンはもうドッキドキ。

 

「現在」

建築士になったイ・スンミン(オム・テウン 左)を 15年ぶりに訪ね、「済州島に家を建てて欲しい」と依頼した江南奥様のヤン・ソヨン(ハン・ガイン 右)

 

今は設計施工者と施主なのに、些細な事からすぐに言い争いを始めてしまいます。

 

何とか和解を取り付けようと、夕食は港の食堂で。

 

運ばれてきたのは、海産物が盛りだくさんの「辛い鍋 (メウンタン 매운탕 )」

 

ソヨンが自虐的に「辛い鍋(メウンタン)」に毒づきます。

 

「何だか変な名前、『辛い鍋(メウンタン)』。

『アルタン(鱈子鍋)』ならタラコだし、中身がカルビだって分かる『カルビ鍋』。

なのに辛いから『辛い鍋』、『辛い鍋』だから辛い、たったそれだけ。

何が入ってるかなんて関係無い、辛いから『辛い鍋』、すっごく気に入らない。

私の人生って何だか『辛い鍋』みたい。

中身なんて関係なくて、ただ『辛い』だけ」

 

ソヨンは病気の父親を介護しなければならず、しかも最近、離婚を経験。

 

間取りに関するやり取りの中で、スンミンにはそうした事情が垣間見えていたのでした。

 

開浦洞(けぽどん)に暮らす優雅な江南奥様のふりをしていたけど、

 

「ばれちゃったのか… 」

 

「弁護士に言われるまま、慰謝料を吊り上げるため、さんざん粘ったの。

私ってずるい女よね。本当に『シャンニョン』 *1 だわ。

でも、そうするしかなかったの、だって人生ってそんなもの… 」

 *1 「シャンニョン ( 썅년 )」

字幕では「クソ女」「悪い女」と訳されますが、もっと酷い意味を持つようです。

辞書的には「俗物的な欲望に従い、異性の献身を平然と裏切る人物」

 

訳語としては「 BAITA 」や「 ABAZURE 」が近いでしょうか。

 

スンミンと再会したソヨンは周辺から、「スンミンの初恋は『シャンニョン』だった、なので何も語らない」と聞かされています。

 

ソヨンは自分がスンミンの「初恋」だと分かっていますが、何故「シャンニョン」なのかには、いまいち合点がいかない様子。

 

焼酎(そじゅ)をあおり、暴言を連発するソヨン。

「ビョンシン、ケセッキ… ア シバル、シ タジョカデ! ア シバル… タジョカデ!」 *2

 *2

「 병신. 개새끼... 아 씨발. 씨 다좆같애 !  아 씨발... 다좆같애 ! 」

放送が憚られる級の暴言です。

 

「バッカヤロー、イッヌヤロウ、あぁクソッタレ、きったないヤツ/死んじまえ ! 」

 

「薄鈍/間抜け、犬野郎、畜生、死んじまえ/薄汚い奴 ! 」

くらいでしょうか。

ただし、暴言の対象が誰なのか明らかにされません。

このお話は誰を「ケセッキ = イヌ野郎」とするかで、視点が大きく変わります。

(はたして自分か、元夫か、江南先輩やスンミンの可能性もあり)

 

とはいえ本音を吐露した事で、少し楽になったようにも見えるソヨン。

まあ古い友だちというものは、悪い事ばかりではないようです。

 

更に 15年前のささやかな誕生日祝いを、スンミンが今も覚えているのでした。

 

この誕生日、15年前のソヨンが語呂の良い日付に合わせた出まかせとも思えます。

スンミンが「誕生日だから、わかめスープを食べよう」と言った後も態度が少々曖昧。

 

それに気づいたスンミンが「きみ、誕生日を変えたのか?」と茶化します。

 

考えてみれば、「ソヨンの家」の建設契約を取り交わした際、公的書類で本当の誕生日だったと確認済の筈。

 

「済州島のわかめスープはウニ入りで美味しい」などと、取り留めの無い会話。

するとソヨンが「誕生日プレゼントが欲しい」と言い出します。

 

ソヨンが欲しい、スンミンにだけ贈れるプレゼントは「ピアノを置く部屋」

 

「悩んだんだけど…

ここで暮らす事に決めたの。

病院で父はもう、あんまり長く生きられないって言われた。

1年か長くても2年。

もう短い時間なんだけど、ここで一緒に暮らして、ここから送るのが良いと思ったの。

悔いが残らないように」

 

15年前

「ピアノなんてもううんざり、

『田舎のピアノ教室』出身なんて格好悪い、

父の自慢の娘という期待も重荷。」

と言っていたソヨン。

 

そんなソヨンが済州島で「ピアノ教室」を開き、父親と暮らすという決心。

 

けれど現実的には相当な無理難題。

「ソヨンの家」は既に、完成間近まで工事が進んでいます。

 

激怒するのはスンミンの同僚で、婚約者のウンチェ(コ・ジュニ)

ふたりはソヨンの家の工事終了後に結婚し、渡米する予定になっています。

 

今から設計変更して工事を行うとなると、完成が 1か月以上遅れます。

 

ウンチェはソヨンが現れた時から、この女が例の「初恋」かと疑い、表向きはにこやかなものの、警戒心を隠そうとはしませんでした。

 

スンミンの初恋相手が「シャンニョン」と漏らしたのもウンチェ。

 

けれども「新築はどれも親しみがわかない」と言うソヨンに、「リノベーション(躯体を活用した改築)はどうか」と提案したのがウンチェという皮肉。

 

見かねた建築事務所のク所長(パク・スヨン)が、「後は俺に任せて、お前たちは結婚準備に専念すればいい」と助け舟を出します。

 

まもなく退職するふたりのため、所長が自ら引き継ぐとは只ならぬ雰囲気です。

実は他の場面で、ウンチェの家がお金持ちである事が暗示されています。

 

物語には出てきませんが、ウンチェの家はスンミンの勤める建築事務所に対し、かなりの影響力がありそうです。

例えば親会社に関係があるとか、大株主であるなど。

ウンチェにも、落下傘(コネ)入社の可能性がありそうです。

 

更に想像をふくらませると、結婚後の渡米はスンミンの格上げとも取れます。

ウンチェの父は援助を惜しまず、母方の叔母がニューヨークで暮らしています。

 

優柔不断で、あまり流れに抗わないように見えたスンミンが、周囲のプレッシャーにも関わらず

「『ソヨンの家』は自分が完成させる、そうしたいんだ」と宣言します。

 

「建築面積は広げられないから、きみの部屋を二階に造ろう」

 

深読みすると 15年前のソヨンの夢の家、「二階は子ども部屋」の暗喩と思えます。

「建築学概論」だけに、こうした理詰めの構造が随所に垣間見えます。

 

ソヨンの決心と、それを受けたスンミンの宣言により工事は延長戦。

家の完成と、それぞれの関係性には一体どんな変化が生じるのでしょうか…

 

あれ、こんなに長くなるつもりは無かったのに。

なのでもう 1回続くかも、しれません。