ソウルからの勢い余って、何故か那覇までやって来ました。
尚、タイトルの「おにく」は本編で登場した後なので、もう出て参りません。
悪しからずご了承ください。
那覇空港からゆいレールに乗車して、旭橋まで。
本日のお宿、那覇市西の「マリンウエスト那覇」に到着です。
こちらは1997年開業、43室の小ぶりなホテルです。
ダイバー向けの器材整備スペースがあるのが特徴です。
お部屋は“典型的”シングル。
最近はベッドが広い部屋が多くなりましたが、まさしく“シングルベッド”ルームです。
ちょっと雰囲気が子ども部屋みたい?

もう少しベッドの広いシングルルームもあります。
また、こちらのホテル、廊下がマンションみたいな造りです。

水回りは必要にして十分な(コンパクト)サイズです。

そうそう、こちらのホテルでもうひとつ面白いのが、給湯器やエアコンが部屋毎に独立して設置してある事。
このあたりからも元はホテル用の建物では無かったのかな?なんて感じます。
室内コントローラの写真を撮っておけば良かった…
翌日の朝になりました。小ぶりな朝食会場へ。


温かいおかずが4品とお粥。ご飯やパンは、厨房に声を掛けます。

規模が小さいので少なく見えますが、十分な品揃えです。
大体こんな感じになりました。

朝食を終えたら、マリンウエストをチェックアウト。
国際通りを、人出が多く賑わう久茂地側から、

一転して静かな安里側に移動します。(写真は時系列とずれております)

途中見かけたレッドロブスターの限定メニュー。
シーフードレストランなのに、全部がお肉。思い切りの良さに感心してしまいました。

ふらふらとやって来たのは、安里の「沖縄サンプラザホテル」。
実は那覇市内のホテルが何処も混んでいて、連泊が出来ずこちらにお引越し。

1974年開業の老舗ホテルです。
名称は「サンプラザ」ですが、中野の勤労青少年会館とは関係無いようです。
ロビーは広めでちょっと懐かしい、地方都市のシティホテルらしい雰囲気です。

廊下もかなり懐かしい雰囲気を醸しています。

でも古いホテルの良い所。シングルなのに、部屋の広さに余裕があります。

まあ、相当にがらんとした雰囲気とも言えますが。

水回りは標準的なビジネスホテルサイズですが、

最上階に大浴場完備です。(ホテルのHPから画像を借りました)

足を投げ出して湯船に浸かれるっのって、やはり良いものです。
こちらのホテルのユニークなところ。ルームサービスメニューがとても庶民的。
しかも、17:30から23:00までOK。

実はホテル一階に居酒屋があり、そこから届くシステムです。

ルームサービス以外の居酒屋メニューも届けて貰えそうです(未確認ですが)。
ただ、1階に下りて行った方が早いというのは、きっと気のせいです(^^ゞ
老舗のシティホテルらしさが、こんなところにも。

宿泊以外での利用-特に宴会需要を想定した作りだと思われます。
こうした施設構成から団体利用が多いようで、宿泊した日も修学旅行と、おそらく大陸漢字圏の団体客で賑わっていました。
翌日の朝になりました。
朝食会場がちょっと混んでいたので、カウンタ写真は一枚のみ。
実際は二列になっていて、かなり充実していました。


ちょっとは動きましょうかね~。
ホテルのすぐ隣に、三連アーチの立派な石門が建っています。

石門の東端に、「崇元寺下馬碑」と呼ばれる石碑が建てられています。

碑文が薄れていて読み辛いのですが、「但官員人等至此下馬」とあります。
こちらは裏面で、反対側(表面)には「あんしもけすもくまにてむまからおれるへし」と書かれているようです。(ちょっと自信が無い(^^ゞ
要するに、「ここから先は、どんなに偉い人でも馬(乗り物?)から降りようね~」という標識です。
この下馬碑は1527年建立と云われています。
かつては門の西側にも同じ碑が建てられていたのですが、沖縄戦の際に破壊されてしまい、今では東側のこの石碑だけが残っています。
立派なアーチをくぐり、境内に入ってみます。

境内は沖縄戦で完全に破壊され、今では大きながじゅまるの木が立つのみです。

ここは沖縄戦有数の激戦地、「慶良間チージ(安里52高地[Sugarloaf])」の西翼に位置し、また安里川のすぐ北側でもあり、安里川渡河を巡る戦いの現場でした。
このがじゅまるは、何時からここに居るのだろうなんて思ってしまいます。

ふと、長い時間について思いを馳せる空間なのでした。

石門やがじゅまるは雄弁には語りませんが、かつて此処で起きた出来事を、今も内に秘めているかのようでした。
ここからもう少し、つづきます。