「………部員の間で。
もう少し簡単な曲にして欲しい、という声が出たんですが。
いや、これを乗り越えないと上に行けない、っていう声も出ています」

その日。
◯✕高校吹奏楽部部長、前田太一は顧問教師の渡辺を訪ねて音楽教官室に居た。

先日の全体練習にて、コンクール用の自由曲「ザンパ序曲」の速いテンポに対応出来ていない現状が露呈し。
それに関し部員の間で軋轢が生じている。
その件で渡辺に相談を持ちかけているのである。

「………で?
お前は部長としてどう思う?」

「オレはそれ以前に。
先生が繰り返し言ってたように、みんな一生懸命なのは分かるけど速いテンポで力み過ぎて上手くいかないんだと思うんです。
それさえ乗り越えれば、全て上手くいくんじゃないかなって。
で、演奏中にリラックス出来るヒケツみたいなものとか、あったら教えて欲しいんですけど」

前田は渡辺よりも大きな身体を揺らしながら、そう尋ねる。
普段は生徒用の椅子が小さく見える程の巨漢の前田だが、ここ教官室のソファでは何とか収まるくらいだ。

「リラックス出来るヒケツねぇ…………」

渡辺はデスクの椅子に座り、片方の眉毛を上げた顔で指揮棒替わりのスネアのスティックを指で捻り回している。
音楽教官室の窓の外は。
植えられた中庭の木々が陽を浴び、新緑を煌めさせていた。


不意に渡辺が前田に問う。

「ところでお前、今回の曲。
気に入ってるか?」

「……え?」

前田は、大きな身体を揺らすのをピタリと止め。
その割には素朴な顔立ちの目を丸くする。

「いやぁ………気に入ってるも何も、コンクールの曲なので」

「考えたことも無い………てか?」

「は……はぁ」

渡辺はスティック棒をデスクに置いて前田に向き直った。

「"曲を変えて欲しい”って言うんなら、考えてもいい。
今は5月だ、変えたとしてもまだギリギリ間に合う。
ただし………」

「ただし………?」

「曲目は、お前らで考えることだ」

「へ!?」

思わず前田は、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
渡辺は再びスティック棒を手にして、捏ねくり回しながら言った。

「いいか………お前らが何で?力み過ぎてるのか考えてみろ。
単に曲が速いだけじゃない。
"やらされ感”が強いからだ。
"ああ、この曲めんどくせー”
"こんな曲、有り得ないよ、サイテー”
とか内心ウンザリしながらも
"でもコンクール曲だから仕方無い”
"でもワタナベに叱られるから”
とか。
結果、余計な感情に支配される、心と身体がバラバラになって動かなくなる、その悪循環。
リラックス出来るヒケツとか以前の問題」

前田の顔色が変わる。

「………で、でも。
ウチらは今まで自分らでコンクール曲選んだことなんか無いし、何を選べばいいのか分かんないし」

渡辺は、◯✕高校へ赴任して来て二年であった。

再びスティックをデスクに置いて、渡辺は前田の顔を見た。

「要は。
曲に惚れることだよ」

「……曲に?
……惚れる?」

前田は真っ直ぐに渡辺の顔を見る。
渡辺は続けた。

「どんなに難しかろうが、自分の惚れ込んだ曲なら
"これを上手く演奏してみたい”
"シンドいけど克服したい”
って自分で意識し出すはずだ。
俺が怒りまくろうが、何しようが知ったこっちゃない、演奏することだけに集中するだろう。
どうすれば思い通りに演奏出来るか、自分の中でも考えるし、部員同士でも意見交換するようになる。
この曲を演奏出来る!ああ!嬉しいわ!!ってなれば、余計な力も入らなくなる。
だから、お前らで"惚れる”一曲を探してみろ。
ただし期限はある。
コンクールを考えて最低10日以内だ。
それでも決まらなかったら、大人しくザンパだな」



放課後。
音楽室では渡辺から「自主練習」を命じられた吹奏楽部員達が各自でロングトーンやら、パート練習やらに励んでいた。

「ちょっと、無責任過ぎない?
ワタナベ」

相川莉奈が口を尖らせる。
その日、自主練を始める前に。
部長の前田から部員へ、渡辺との協議の話が伝えられていた。

「だったら最初からウチらに曲選ばせたら良かったんじゃね?
こんな切羽詰まった時期に、今さら"自分らで選べ”とか、有り得ないんだけど」

パート問わず、周りの部員達には莉奈に反論する者も居ない。
居るとしたら………

「無責任なのは相川先輩です。
今までずっと意見も言わず、コンクールの選曲を先生まかせにしておきながら、都合が悪いとなるとダダをこねる………それでも三年生ですか!?」

「み、美葉ちゃん!」

うろたえる烈貴をよそに、ぶ然とした態度を見せる美葉。
またオマエか!とばかりに美葉を睨みつける莉奈。

「テメェ!
あんまチョーシくれてんじゃねーよ!!」

今にも掴みかかろうとする莉奈の前に、部長の前田が立ち塞がる。

「いい加減にしろ!!
相手は一年生だぞ?
意見聞いてやるぐらいのキャパ持てよ!
恥ずかしくないのか!?
相川!!」

莉奈の感情は収まらない。
前田に抑えつけられながら、手足をバタつかせて怒鳴り散らす。

「離してよ!!
前から気に入らねーんだよ、コイツ!
エリートぶりやがって、だったらこんなとこ来ねェで他行けよな、フン!
どうせ頭悪くて、どこも行けねェからココ来たんだろ!?
え?
何とか言ってみろ!
このク◯ガキィ!!」

「やめろって!!」

青ざめた顔で沈黙する烈貴の横で。
美葉は相変わらず表情も変えず立っていた。

「………確かに私、進路間違ってたかも。
あなたのような下品な人がいるのを知ってたら来ませんでした」

「なにを〜〜!?」

「美葉ちゃんも!
やめろよ!!」

音楽室は、瞬く間に騒然となった。

暴れる莉奈は。
前田の隙を突き、傍らの譜面台を掴んで美葉に向かって投げつけた。

「ああ〜〜〜!!!」
「キャアァァァ!!!」

部員達の悲鳴が響き渡る。

………と!
咄嗟に、烈貴が美葉の前に立ちはだかる。
莉奈の投げた譜面台の金属の角が、烈貴の顔面を直撃した。

「………!」

ガシャシャン!!

烈貴を直撃した譜面台が、床へ叩き落ちた。
顔を両手で抑えながら、よろける烈貴。

「先輩!先輩!!」

それを抱きかかえる、美葉の悲痛な叫びが響く。

「高橋!
高橋、大丈夫か!!」

前田が駆け寄る。

部員達は皆、顔を引きつらせて言葉を失っている。

そして……
呆然と立ち尽くす、莉奈。


続く

〈亀裂・完〉

※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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