烈貴、美葉、そして……愛華の三人は、ショッピングモール内で陀威也の到着を待っている。



陀威也を置いて帰ろうとし、引き止められた愛華。

自らが蹴飛ばし、位置のズレたままのベンチに腰を下ろした愛華は、まさに苦虫を噛み潰した顔で下を向いている。


自分の仕掛けた"ゲーム”で烈貴………というよりは、クラスで"目障りな”?存在の美葉に屈辱を与えるのが当初の目的であったはずだった。

自身のステディに圧倒的な排気量差のバイク・レースで圧勝させる………そのことにより、名実ともに一軍女子リーダーとしてのステイタスを確固たるものとし、完了するはずであった。

少なくとも愛華自身の中では、だが。


それが、まさかの失敗を喫し想定外の敗北………

愛華は、その事実を受け止めきれずにいた。



「………それにしても、遅いな?」


烈貴が呟く。


展望台へと向かう峠道の入口で、マジェスティを駆る陀威也と擦れ違ってから、一時間が経とうとしている。

あの時見た速度を考慮すれば、こちらへ既にゴールしていても可笑しくは無い。


何か?

悪い予感がした。


「俺、ちょっと行ってみてくる」


ヘルメットを抱え、再び外へ向かおうとする烈貴。

美葉が声をかける。


「気を付けて。

何か分かったら、連絡して」


「うん!」



バランッ!

ガラガラガラガラガラガラ


烈貴を乗せたRG50Eは、再びショッピングモールの駐車場からスタートして行った。


午後3:00を少し回った市街の道路状況は、先のレース時よりも幾分空いている。

しかし万一のことが頭をよぎり、烈貴の右手スロットルをフルオープンせしめた。


パァァァァァァァァァァーン!!


烈貴は変わらず、エンジン回転数9,000rpmをキープし続けた。



………峠道に差し掛かった烈貴は幾分ペースを落とし、陀威也と黒いマジェスティを捜索し始める。

市街地では見かけなかった………ということは、やはり、ここら辺か?

一先ずは頂上の展望台目指し、走ることにした烈貴。


本来は禁忌事項であるが。

一つ、一つ、コーナーを巡る度に"よそ見”をしながらマジェスティを捜し続ける。



烈貴のカンは当たった。



自らも最も厄介とする"日陰ヘアピン”コーナーのガードレール脇に。

黒いマジェスティは、路面にへばり付くように倒れていた。


無惨な姿だった。

バックミラー、ウィンカーは割れて砕け。

マフラーとハンドルとも、へし曲がり。

ボディにも大きなダメージが見られた。


だが………肝心の陀威也の姿が、見当たらない!?


「………何処だ?

何処へ行った!?」


烈貴は周囲を見渡す。

そして……耳も澄ます。



すると?



「………………う………う……」


ガードレールの向こう側の森林から、うめき声らしきものが。


烈貴は大声で呼びかける!


「お〜い!!

お〜い!?」


それに反応し。

うめき声のする方角の森林の草むらから、ニュルニュルと白い手のような物が出て来た。

不気味な光景に一瞬、ビクッとする烈貴。


それは、陀威也の着ていた白いヤンキージャージだった。


烈貴はガードレールを跨ぎ、草むらへと入り。

そこに横たわる陀威也を発見した。


白いジャージの左膝から脛にかけ、出血で真っ赤に染まっている。

苦痛に顔を歪める陀威也は烈貴の姿を確認すると、すがるような目を見せた。


「………い……痛ェよォ」


「立てるか?

無理か!?」


烈貴は陀威也の容態を見る。

出血は左脚のみだが、様子から腰を打っているようにも見えた。

………と、陀威也の頭髪に………大きな芋虫のような幼虫のうごめいているのを烈貴は見つけた。

黒と鮮やかなオレンジ色のツートーンカラーで、定間隔に体毛が生えている。

直感的にヤバい虫と察した烈貴。


「悪い、ゴメン!」


咄嗟にライディング・グローブをした手で陀威也の頭を叩く!


「イテッ!!」


顔を歪めた陀威也だが。

すぐ側の葉っぱへ吹き飛んだ芋虫を発見し、目を見開き。

悲鳴を上げる。


「ヒ!?

ヒヤァァッ!!」



ここへ居ても、ばい菌等が傷口に入るかも知れない………そう判断した烈貴。


「とにかく一旦移動しよう、つかまれ!

立つぞ!?」


烈貴に肩を借り、立ち上がる際にも陀威也は"イテテテテテ………”と、しきりに痛がる。

やっとの思いでガードレールまで辿り着き、苦痛に堪えながら跨いでアスファルトへとしゃがみ込む。


烈貴はスマートフォンを取り出し、まずは父・正和へかけた。

仕事中は外回りで営業車を運転中の多い正和だが、ハンズフリー・ツールを使用している為、直ぐに出る。


「………どうした?

事故ッたか?」


普段、スマートフォンでやり取りなどしない父子。

する時は、緊急事態以外の何ものでもない。

しかも正和は、今日が烈貴の"Xデー”であることも把握している。


「……う、うん、俺じゃなくて、相手」


「相手の怪我は?」


「膝から血が出てるのと………あと、なんか腰、痛いみたい」


「今居る場所、教えろ」


それから正和は烈貴に救急車を呼ぶのと、搬送予定の医療機関が判れば隊員に教えて貰うよう命じ。

自分はバイク屋へ連絡する、と告げた。


「………タカキさんに行ってもらう。

ソイツのバイクは、タカキさんの軽トラに積んでもらえ。

出来れば、積むの手伝え」


「わかった!」


タカキ・モータースは、正和がRG50Eに乗り始めた頃からの昔馴染みのバイク屋で。

現在もガンマ400とも面倒を看てもらっている。


父との会話を終えると烈貴は直ぐに119番へかけ直し、場所と状況を告げる。

ほどなくしてサイレンを鳴らし救急車が到着。

載せられる前に、タンカで陀威也は涙を見せた。


「済まねェ………ここで死ぬかと思った………悪りィな」


烈貴は黙って手を上げ、見送った。



救急車と入れ替わるように、タカキ・モータースのネーミングの入った軽トラックが昇って来た。

店主の高喜善一(たかき・ぜんいち)自らの運転だ。

歳の頃60代後半、角刈りの頭髪は白く、オイル汚れの青い布ツナギ。

烈貴も顔馴染みである。


「よ、ボーズ。

おめぇさんは無事か?」


「あ、俺、大丈夫です」


横たわるマジェスティの様子を見ても、さして表情も変えないタカキのオヤジ。


「ふんふん、最初にバンクしたまま滑って、そっからガードレールに当たって………本人は投げ出されて向こうの草むらへ着地か。

まあ……運が良かった方だな」


これだけの状況で、運が良かった方!?

このオヤジ………どんだけスゴい場面、見て来たんだ!?

烈貴は目を丸くした。


タカキのオヤジがマジェスティを引き起こして転がし、"ハシゴ”をかけた軽トラックの荷台に積もうとした時。

烈貴が手伝おうとすると


「あ、ああ、いい!

スクーターは"割れパーツ”が多いんで、手とか最悪、手首切るからな。

散らばってる部品も触らんでくれ」


と固辞される。

ライディング・グローブをしていたとしても………か。


積み込みと後始末が終わり。

軽トラックに乗り込む前に、タカキのオヤジは烈貴に呟く。


「ここは………こうゆうビッグ・スクーターにはキツい場所だわ。

ヘアピンで気合入れて寝かせた時、バンク角足りねえもんだから、コレだと"床を擦る”。

そんで"ヤジロベェ”んなって………あとは、まあ。

オシマイってやつだ」


オヤジの説明は烈貴にも、解る気がした。

そして……そんな理屈を自分が知っていれば、このコースでレースなど止めさせることも出来たのに………

自分の知識と経験の無さに烈貴は責任を感じ、唇を噛んだ。



タカキの軽トラックを見送った後。

烈貴は大事なことを思い出し、慌てる。


美葉に連絡を忘れていた。


スマートフォンの時計は、夕方4:00になろうとしていた。



続く


〈森林ダイブ・完〉



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