











・・・・・・・毎年ながら、気が狂いそうな程です(汗)!
今夜UPできるのは、こちらほんの一部ですが、明日もう少しマシなのをUPいたしますのでよろしくお願いします!!

・・・・・・・私の職場は花火打ち上げ場所からそれほど遠くない為、毎年社屋の屋上で顧客様向けの「花火接待」を行っています。
昨夜に引き続き今夜も行いますが、週末と重なる為昨夜以上に訪れる方が多く見込まれます。
市内には昨晩だけで43万人の観覧客が訪れたそうです。
私は地上で駐車場係の為、今日もなかなか花火を写真に収めることがままならないかもしれませんが、出来る限りUPしてみたいと思っております。
それにしても、この長岡市民の花火に対する思い入れは相当なものです。
彼らにとって祭り=花火大会なんですね。
「花火が無ければ祭りではない」くらいの言葉が出てきそうなのです。
もっとも、この花火大会の由来に関しては昨日までの記事で御紹介した通りで、それを知ればこの思い入れの理由もわかるというものです。
ところで最近、そうした長岡花火の歴史と長岡市民の思いを映画化した作品が公開されています。
大林宣彦監督作品 「この空の花ー長岡花火物語」(主演:高島政宏・松雪泰子)。
御参考までに↓
「この空の花ー長岡花火物語」


・・・・・・この写真奥に見える、トラス式の橋。
日本一長い河・信濃川に架かるこの橋は、新潟県長岡市(ながおかし)のシンボル「長生橋(ちょうせいばし)」と言います。
長岡市。
新潟県のほぼ中央に位置する人口20万人程の、新潟県第2の都市です。
今から67年前の今日、昭和20年8月1日夜半過ぎ。
この街は、当時日本と戦を交えていたアメリカ合衆国の空襲を受けました。
「日本の家屋は木と紙で出来ているので、威力のある爆弾は必要無い」という情報の元、米軍の爆撃機は「焼き尽くすだけ」の目的で用いられた焼夷弾(しょういだん)の雨を降らし続けました。
悪魔の舌のごとく広がり家屋を舐め尽くす炎に為す術もなく、長岡市民は逃げまどうしかありませんでした。
たった一晩でこの街は変わり果て、2千人の命が失われました。
長岡の街が焼き尽くされたのは、これで二度目でした。
一度目は、明治維新に伴って起こった戊申戦争。
この時、戦を避ける為、幕府と新政府との中立を嘆願した長岡藩の願いは踏みにじられ、新政府軍により街は焼き尽くされました。
そんな悲運の歴史の中で焼き尽くされた多くの人々の御霊を慰める為、戦後になって8月2日、3日の晩に長岡のシンボルである、この長生橋のたもとから大きな花火を沢山上げることになったのです。
それが現在の「長岡祭り大花火大会」の始まりです。
ところが近年になり、新たな悲劇が人々を襲います。
新潟県中越地震。
戦の魔の手に代わり、今度は大自然の猛威です。
また、新潟県には大きな被害の無かった東日本大震災。
この大惨事も、かつて多くの災難に遭遇してきた長岡市民にとっても他人事とは到底思えない出来事に映ったといいます。
そうした、人間の遭遇してきたあらゆる悲劇、災難。そして、それにより失われた命の尊さを決して忘れない為に。
そして、生き抜く事を諦めずに焼け跡から這い上がって来た人々がいることを忘れない為に。
今年も明日から二日間、この街の夜空に2万発にもなる大花火が炸裂します。