私を救った「不屈の男」。(その1) | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

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風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。


ハインケルーパーの独り言


ニキ・ラウダ。



本名、アンドレアス・ニコラス・ラウダ。 1949年オーストリア・ウィーン生まれ。


元・国際自動車連盟(FIA)フォーミュラー1・F1レーシングドライバーとして1975年・1977年・1984年に世界チャンピオンに輝く。


近年のミハエル・シューマッハ(ドイツ)の7回というチャンピオン獲得数には及ばない。

しかし、私にとってニキ・ラウダほど偉大に思えるドライバーはいない。


1970年台後半、私が子供のころ世間を「スーパーカー・ブーム」という一大ムーブメントが風靡した。

ただでさえ、男の子というのは幼いころから「車」というものに興味を示すが、私の場合は普通以上だった。

スーパーカーは高性能のスポーツ・カーだが、いわゆる一般車で、公道を走る車に過ぎない。

対してレーシング・カーはサーキットで戦う為だけに作られたマシンだ。

その存在は、たちまち幼い私の心を魅了した。

日本のホンダ・エンジンが世界を征服し、人気ドライバー・アイルトン・セナはじめスター選手がお茶の間のゴールデン・タイムを飾った、世に言う「F1ブーム」より遡ること15年前のことだった。

テレビでは1960年代の「マッハGO!GO!GO!」を走りとし、「マシン・ハヤブサ」「マシン・飛龍」「爆走!ルーベンカイザー」「アローエンブレム・グランプリの鷹」などのレース・アニメも台頭し始めた。

週間少年ジャンプにかの有名な「サーキットの狼」が連載されたのもこのころ。

私はミニカーや車のプラモデルはもちろん、書籍も収集し知識を蓄え、親戚の大人のカー・キチとも対等に車を語れる「モーター小僧」になっていた。


そんな当時の私にとって、モーター・スポーツの頂点に君臨するF1ドライバーはまさに憧れの存在そのものであり、神様のようなものだった。


<次回へ続く>