[エイト通信] 北京ダック専門店中国茶房8〜Chinese cafe Eight〜のブログ -142ページ目

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性欲,食欲,中国について語るブログ  “エイト通信”   by 中国茶房8  ~Chinese cafe Eight~-餅つき

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12。管鮑の交わり『その後の管仲と鮑叔』

『その時歴史が動いちゃった!』

中国の歴史上の人物で
その人物のお陰で歴史は動いちゃったの?
歴史を動かした重要人物を紹介していきます! 
                by トット

このコーナーでは、細かい説明は抜きに(ごめんなさい!)
その人物の魅力を第一に紹介したいと思います!

昨日の続きです!『管鮑の交わり』の『管仲』『鮑叔』のその後です!

鮑叔の推薦により管仲は桓公と面会し、強兵の前に国を富ませることの重要性、そしてそれには民生の安定と規律の徹底が必要だと説き、即日宰相に命じられた。鮑叔は管仲の下の立場にあえて入り、その補佐に回った。管仲は才を存分に発揮できる場所と右腕を得て、その優れた能力を発揮した。
管仲は内政改革に当たり、周代初期以来の古い制度である公田制を廃止し、斉の領土を21郷に分けた。物価安定策、斉の地理を利用した塩・漁業による利益などによって農民・漁民層の生活を安定させたが、これらにより民衆は喜んで働き、産業が活性化した。活発な産業は商人を呼び寄せ、商業も活性化した。活発な商業は他国から人を呼び、この中から優れた人材を積極的に登用した。 一方で、五戸を一つの単位としてそれぞれの間で監視の義務を負わせたり、不正に対しては厳罰をもってあたった。これらは高い規律と多くの税収を生んだ。
国内を整備した桓公は魯に攻め込み、領土を奪った。講和条約の調印の際、魯の将軍曹沫は自らの敗戦を償おうと、桓公の首に匕首を突きつけて奪った領土を返還する事を要求した。やむなく桓公はそれに応じたが、斉へ帰った後に「脅された盟約など守る必要はない。今一度魯を攻め、曹沫の首を取ってくれよう」と言った。しかし管仲は「たとえ脅迫の結果であろうとも、一度約束した事を破って諸侯の信望を失ってはいけません」と諌め、領地を返させた。これ以降、桓公の約束は諸侯の間で信頼を持って迎えられ、小国の君主達は桓公を頼みにするようになった。
これらの政策によって増大した国力と信頼を背景に、桓公は覇者への道を歩む。周王室内部の紛争を治め、北上してくる楚を討って周への忠誠を誓わせ、小国を盟下においた。 この功績により桓公は、周王室から方伯(周を中心とした四方のうち東を管轄する諸侯の事)に任じられた。
桓公は度々傲慢に傾き、周王朝を蔑ろにしたりしようとするが、管仲はその度毎に諌め、桓公も自らの意に逆らうことであってもその言を受け入れた。曹沫の件や燕斉の国境の不利な変更についても、自分では嫌だと思いながらも管仲の言に従った。
後世に管仲の著書とされている『管子』の中の言葉として「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。」の言葉がある。まず民生の安定があってこそ政治が行えるという考えだが、管仲が礼節を無視したわけではない。桓公の命令で周王室の内紛を鎮めた時に、喜んだ周の襄王は管仲を賞して上卿にしようとしたが、管仲は「私は陪臣でしかないので、そのような待遇は受けられません」とあくまで固辞した。曹沫の一件での意見も同じ理由によるものであった。


ここで『歴史が動いちゃいました!』

鮑叔の推薦により管仲が抜擢されました!

有名な中国の人と人の関係を表す格言ですが、春秋の桓公も頼りにし、信じたから覇者になれた。
時代が動く時には常に人と人の交わりがあるものです・・・。にひひ

次回をお楽しみに~!

プレイバック!おもしろブログ!11/28日分

「プレイバック!エイト通信のコーナー」では
過去のブログでページビュー(PV数)が最も高かった時間帯の番組を再ブログするコーナーです!

(どのページが見られているかが解析できないため、時間帯で判断することにしました)

2010年11月28日!
この日、最もPV数が高かったコーナーはコチラの2つ

アップ時刻 02:00&16:00

ダウンダウンダウン


『Y談詩集コーナー「だれも知らない part3」 11/28』02:00


 僕は一人 木枯らしに吹かれながら



 秋色に染まり 散り行く木の葉を横目に



 誰一人いない 深い森へと進む



 過去に一度ためらった その場所へ・・・





 車上セックスをのぞきに(〃∇〃)!




『鴨沢葱の中国放浪記』16:00


$エイト通信 by 中国茶房8:Chinese cafe Eight-いもうりおじさん

さわやかな中国の朝でした~

おじさん!じゃがいも一つ!

でした!
明日もお楽しみに~!

1月2日はひめ始め☆Y談詩人の独り言 1/2

夜の寒さと静けさに包まれた、冬の東京。六本木エイトのカウンター席で

俺は 紹興酒のボトルをかたむけ コップに注ぐ。

すいませーん

いつものニラ水餃子!


今夜もエイトはにぎわっているな…

振り袖をきたキャバクラ風のお嬢さんが艶(あで)やかだね…

初詣の帰りかな…


日本ではさまざまな行事があるけれども

なんといっても日本古来の伝統行事「1月2日はひめ始め」だね。

wikipediaにとると
姫始め(ひめはじめ)とは、1月2日の行事であるが、由来は諸説あってはっきりしておらず、本来は何をする行事であったのかも判っていない。一般には、その年になって初めて夫妻などが交合することと考えられている。

もしも姫が一年に一度だけ振り袖を脱がせてほしい夜があるだとしたら

今夜なのだろう。あの艶やかなお嬢さん達もきっとそうにちがいない…

あの小悪魔系振り袖を一枚一枚脱がせてあげたいね~

あのアゲハチョウのかんざし、盛られた髪型、

ひとつひとつデコレーションをはずしていくのだ。

「ふっふっふ、苦しゅうない、近こう寄れ」

「お代官様、おたわむれを!

あ~れ~・・・・ドンッ


といきたいところだが

俺の代官様は今夜もひとり事務作業だ叫び


「お~い酒だ! もう一本!紹興酒 3年もん!

熱燗で!」


そういえば 

ムスコよ ごめん。ホントにごめん

おまえには縁のない話…しちゃって。

中国の年賀状 2011年元旦

『新年快楽!多謝各位去年的幇助和指教!!』

$食欲,性欲,中国についてつぶやく[エイト通信] by中国茶房8"Chinese cafe Eight"
※2008年の画像ですみません・・・

あけましておめでとうございますニコニコドキドキ
今年も、「中国茶房8」・「エイト通信」共々よろしくお願い申し上げますクラッカー

皆さんは、中国にも日本と同じような年賀状があるのをご存知ですかシラー!?!?

中国では、日本同様に年賀切手とお年玉付き年賀はがき(賀年有奨明信片)が発行されます。

普通のはがきより安いそうです。中国人は新暦のお正月よりも旧暦のお正月「春節」を盛大にお祝いしますので、年賀状の交換は春節に合わせて行う方が一般的のようです。

お年玉くじの抽せんも春節明けに行われます。

しかし最近では中国の携帯電話の普及率が大きく伸びたせいもあって、携帯メールで新年の挨拶をする人も増えているようです。

ちなみに、昨年の中国の旧正月で携帯メールが約140億通だったらしいですよ。
※日本人と同じですね・・・

ちなみに、十二支の最後、「いのしし」年ですが、中国では「イノシシ」ではないのをご存知ですか。

中国語で「猪」という漢字は「ブタ」の意味を指します。

ですので、「イノシシ年」生まれの人は、中国では「ブタ年」生まれ、になってしまうんですね。

ブッブッブヒィーシラーあせる
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今年も雪麗ドキドキは、皆さんのために色々な情報をお届けしていきますキスマーク