東京下町を中心に回っていた、ある日の事。
前日には雪が降り、外は凍るような寒さだった。
山の手と違い、下町の街並みは風情がある。
玩具店も昔ながらの趣があり、どこか懐かしい。
下町に限った事ではないが、感じのいい旧い店には必ずと言っていい程、
おばあちゃんが座っていたものだ。
ある駅前に、以前から気になる玩具店があったが、
店が開いているのを見たことが無い。
近所に交番があり、年配の警察官がいたので、
「すみません、あそこのおもちゃ屋さんは普段開いてますか?」
と聞いてみた。すると、その警察官は、
「えっ、あそこおもちゃ屋さんなの?あホントだおもちゃって書いてあるね」
と、この辺りの事をあまり良く知らないような返事が返ってきた。
ここに配属されたばかりなのだろうか。しかしこの下町のお巡りさんは、
「そういえばたまに開いてたかもしれないなぁ。
今度開いてたら電話して教えてあげるよ」
と、都会の警察官の口からは絶対に出てこないような事を言って来た。
世の中には人情深い人がいるものだ。
僕は電話番号を置いて、次の店に向かった。
次の店は、そこから徒歩3分とかからない所にあった。
店構えは、昔の玩具店そのもので、やはりおばあちゃんが座っている。
店内に入ると、すぐにトミカのケースが置いてあるのが見えた。
その中には、少し変わったチョロQらしき物が入っていた。
ダンプトラックの荷台に石の山が積んである物や、
クレーン車のような形をしたトラック。
蓋は開いていたので、取ってみると
「アイディアチョロQ」と刻印された物だった。
カラーバリエーションが数色あるようだ。両方合わせると5色。
おそらくまだあるだろう。
店内を物色すると、面白そうな物がいろいろ残っていた。
合金物が、ガラスケースの中に積まれている。
「ダイケンゴー」 「バトルホーク」 「スタージンガー」
どれも記憶に薄いが、知らない訳じゃない。
せっかく見つけたのだから、それらも購入する事にして、
アイディアチョロQと一緒におばあちゃんの所へ持って行った。
すると、そのおばあちゃんは、
「こういうの好きなの?」 と聞くので
「はい、まあ…」 と返事をすると、
「半年くらい前にね、大阪の方から来た大人の人が、
みーんな喜んで買って行ったのよ」
・・・・・・・・・・・・・大人の人が喜んで・・・・・・・・・・・・・
また大人買いの話だ。しかも約半年前だという。
以前自転車屋に行った時もこんな話を聞いた。
その時は、1ヵ月前に大人の人が来たと言っていた。
玩具店にしてみれば、大人が大量のおもちゃを買って行く光景は、
今では普通の事だが、当時は滑稽に映ったのだろう。
だからみんな 「大人の人が…」 と言うのだ。
この辺りから、コレクターやマニア、更には専門店が増殖し始めたのかもしれない。
「倉庫の奥にまだたくさんあるんだけどね、
手前の物から出して行かないと入れないのよ」
「手前にはどんな物があるの?」
「さぁ…どんな物って言われても覚えてないけど、今売ってる物じゃないわよ。
新製品はもう倉庫に入れないから」
「じゃあその奥にあるのは?」
「さっきお客さんが買ったような物よ」
「その倉庫の一番奥にある物ってどんな物ですか?」
「そりゃあね、お兄さん今いくつか知らないけど、
たぶんあなたが生まれるずっと前の物よ」
「ほぇ~ホントにぃ」
それは凄いと思ったが、あんまり古すぎても知らない物ばかりだろう。
ブリキや怪獣ソフビが残っているのなら奇跡だ。
そんな話や思い出話を長々としてくれて、気が付いたら2時間以上経っていた。
帰り際に、
「またいらっしゃい、それまでに倉庫から何か出しておいてあげるから」
と言ってくれた。
一見の客に、こんな言葉をかけてくれる。
先ほどの警官といい、いい人ばかりだ。
寒空の中、心が温まり、寛大になった気がした。
手持ちの金も小銭だけになったので、家に帰ろうと思い、
車のエンジンをかけて暖機していたら、窓をコンコンとノックされた。
見ると、見知らぬ角刈りの男性が、紙袋を持って立っていた。
窓を開けると、 「どこ行くんですか?」 という。
「ウチ帰るんだよ」 というと、
「どこか大きい駅通る?」
「上野なら」
「あぁ、じゃあ上野まで乗せてってくれないかな?」
少し考えたが、もうどうせ帰るだけだからいいかと思い、
この変なヒッチハイクに付き合う事にした。
走り出すと、彼は 「車はやっぱり温いな」 と呟いた。
どこから来たのか聞くと、青森から仕事を探して上京してきたのだと言う。
「仕事見つかんないの?」
「ああなかなかいい仕事無いねぇ」
「車の運転できる?」
「いや免許持ってないから」
「あそう…」
「もうトシだからなぁ」
「今までどこで何やってたの?」
「あぁ務所暮らし」
「務所暮らし?何で捕まったの?」
「んっ、銃刀法」
「じゅっ……」
心の中で、
「おいおいおい今も何か持ってんじゃないだろな~?」
と叫びながら、少しビビッていた。
その後は特に会話も無く、何も言わない彼の代わりに腹の虫が鳴いていた。
そして上野に到着。彼は丁寧に
「ありがとうございました。本当に助かりました」
と言って降りようとしたので、僕はポケットに手を入れ、
「これで何かあったかい物食べなよ」
と、800円ばかりの小銭を差し出した。
彼は 「車に乗せて貰っただけで有り難かったですから、これはもうもらえません」
と手を振ったが、空腹に耐えているのは解っていたので、無理やり手渡して、
「頑張ってな」 と声をかけ、車を出した。
その先のカーブを曲がって後ろが見えなくなるまで、
ルームミラーには深々と頭を下げた彼の姿が映っていた。
人は優しくされると、他人にも優しくなれるのだろう。