目に入れても痛くない | 多読 de 英語を学ぼう!

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教員採用試験の英語の勉強をしていたところ、並び替え問題の1つにこんな文章がありました。



彼にとって17歳の娘さんは目に入れても痛くない。

His 17-years-old daughter is the apple of his eyes.



「目に入れても痛くない」って普通まだ幼いわが子に使うのが一般的じゃないかなぁはてな5!

17歳にまで成長した娘に使うなんてちょっと痛い・・・・ と感じてしまいますが、

そこは今回は置いておいて苦笑 今日は the apple of one's eye という表現に注目してみますにゃんこ。



Googleさんにこの言葉の語源を聞いてみたところ、こんなページを見つけました↓


http://www.worldwidewords.org/qa/qa-app1.htm


このページによると、


At this time, the pupil of the eye was thought to be a solid object and was actually called the apple,

presumably because an apple was the most common globular object around.

 ⇒ 当時(ここでは9世紀)、目の瞳孔は固形のものだと考えられており、the apple と呼ばれていた。

   どうやらappleはもっとも一般的な球体だったようだ。


ちょっと意訳していますが、このように説明しています。


pupil の意味をGeniusくんに聞いてみると「ひとみ、瞳孔」という意味が載っています。

pupil は目玉の真ん中の黒い部分を指し、eyeは目全体を指します。図にするとこんな感じ↓



shinoblog













もう一度冒頭の文章に戻ってみましょう。


His 17-years-old daughter is the apple of his eyes.


つまりこの文章は、

17歳の娘

  = 目の真ん中の瞳孔

  = 失ってしまっては困る大切なものの、さらにその真ん中にあるものと同じくらい大切な存在

となり、日本語で言う「目に入れても痛くない」という表現が訳として当てはまるわけですね好



初めてこの表現を見たとき、なんで目の中にリンゴを入れるのはてな5! と日本語の「目に入れても痛くない」の

捉え方で考えてしまいますが、リンゴは目に入れる存在ではなく、目そのもの、つまり自分にとって

失うことができない大切なもの、っていう捉え方なんですねきら



おしまい