もう少し詳しく書いておこうと思う。

 

今年、とてつもない高血糖(4桁血糖値)で劇症1型糖尿病を発症したのだが、もちろんそんなこと自己診断出来るはずもない。2月13日(木)、夕方から夜にかけてどんどん体調が悪化していった。

 

吐いてるうちに時間が過ぎるけど、その時に何を考えていたかなんて全然記憶にない。ただ、物理的に今の欲求を感じるだけ。

・気持ち悪い

・トイレに行きたい

・水のみたい

・身体に力が入り辛い

を、断片的に。ここが肝心なのだが、なぜこんな状態に? という疑問がまったく出てこない。よって、恐怖心がないのだ。客観視なんて夢のまた夢。想像力もゼロなので、死ぬかもなんて思いもよらず。そもそも「思う」ことが出来ない。不思議な感覚。

 

後日、看護師とその話をした時に、「意識があるのに身体が動かなくなっていくって、とても怖かったのでは?」と問われたのだけど、怖いと感じる機能も失せていたという事実。

 

そのことが怖い…。

 

思考停止とよく言うけど、生理機能的な強制思考停止(笑)。

 

そして意識消失かどうかは、予後に影響があるらしく、顛末を話してる時に私が「意識はあった」と言うと、糖尿のO医師が何か書き留めていたっけ…。

 

思考力がないくせに、「オプジーボ投与を受けてるのでその副作用だと思います」と、繰り返し訴えていたらしい(by救急医)。

なんという刷り込み具合。我ながら感心しちゃったぞ。

「金曜日は主治医は終日外来日です」という情報をも。…患者ってさ、いつもいつも一生懸命だよね(涙)。

「それなら一日中病院にいるんですね」←なるほど、と思った医療者の反応

 

おかげで朝イチで病院からの電話を受けたTセンセ。センセは驚愕のあまり、夫の携帯にも電話をしてくれたのだった(緊急連絡先として記入済)。

 

 

余談だが、昔読んだ渡辺淳一の医療小説に、結核の残酷さは息を引き取る寸前まで意識がクリアなこと、と書いてあったのを思い出した。現代でもそうなのだろうか…。