【時事】長嶋茂雄氏のご活躍に思いをはせ、御冥福をお祈りします。 | いろいろといろ

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2025年6月3日午前6時39分日本の往年の野球選手であり監督だった長嶋茂雄監督が肺炎で逝去されました。
 
 
 
 2013年に逝去した川上哲治氏の元で、王貞治氏と長島茂雄氏を率いて、読売ジャイアンツの黄金時代を築き、プロ野球史上唯一の「V9」(9年連続セ・リーグ優勝・日本一)を果たしました。当時のジャイアンツの人気は絶大で、私が長島さんの名前を知ったのは、「巨人の星 (アニメ) - Wikipedia」や「侍ジャイアンツ - Wikipedia」でした。それも本放送ではなく、再放送で(笑)。私の世代にとっては、川上監督、王選手、長島選手は現役でありレジェンドでした。漫画になって、スポーツの楽しさ、勝つ楽しさが昭和を席捲したように思います。
 
プロ野球界は、巨人軍の選手をはじめ、数えきれないほどのすばらしい選手を輩出してきました。現代、最高峰といえるのが、ドジャースの大谷翔平選手。長島さんがいなかったら、彼のような選手が出てくるのは20年遅かったのではないかと思います。6月3日、長島監督の訃報が流れるとすぐアップされたのは大谷選手のインスタ。
 
ストーリー

今年の2025年3月18日と19日に、東京ドームでロサンゼルス・ドジャースとシカゴ・カブスの開幕戦が行われました。この試合に3日前、3月15日に撮影された大谷選手と長島氏との2ショット。長島氏の氏である川上哲治氏が選手の指導において影響を受けたのは、ドジャースのコーチのアル・キャンパニスが著した『ドジャースの戦法』。今、そのドジャースのトップを行く選手に成長した日本人選手達に思いをはせていたのではないかと思います。
 
 
 
 

 

 

今回の氏の写真に、亡くした父の様子が重なり、重度の障害と戦っている姿に感銘を受けました。長島三奈氏の挨拶に、見守ってきたご家族、スタッフの方々のご苦労とご心労に思いを馳せます。6月8日告別式がいとなまれましたが、その中で喪主の長島三奈氏よりこのような挨拶がありました。

以下抜粋です。
「脈拍と血圧の数値が0になったんですが、よく見ると、波形が、ピッピッと山なりの波形が、ずっと続いているんです。看護師さんに「これ、どういうことなんですか」と聞きましたら、「監督が心臓を動かそう、動かそう、動かそうとしている振動なんだと思います。私、こんなの見たことありません」。看護師さん、主治医の先生方、最後まで驚いていました。最後まで長嶋茂雄を貫いた人生を送ったと思います。」

出典:「病と向き合い決してあきらめなかった」…長嶋茂雄さん告別式、喪主・長島三奈さんのあいさつ : 読売新聞


氏のご冥福と氏を支えてきてこられた方々への御礼の気持ちを込めて…。
 
 

 

メモ関連リンク
 
メモ喪主 長島三奈氏の挨拶(全文)

 本日はお忙しいところ、また、遠路にもかかわらず、父、長嶋茂雄の葬儀に足をお運びくださいまして、誠に有り難うございました。

 2004年、脳梗塞で倒れてからは、自分との闘いを21年間続けてきました。私が見ていても胸が締め付けられるぐらい苦しい治療をたくさんしてきました。食事も食べられず、会話もできない日も何日もありました。でも、父は、野球を全うしたそのままの力で、病と真正面から向き合って、決してあきらめることはしませんでした。

 6月3日、朝6時過ぎに、病室におりまして、脈拍と血圧の数値が0になったんですが、よく見ると、波形が、ピッピッと山なりの波形が、ずっと続いているんです。看護師さんに「これ、どういうことなんですか」と聞きましたら、「監督が心臓を動かそう、動かそう、動かそうとしている振動なんだと思います。私、こんなの見たことありません」。看護師さん、主治医の先生方、最後まで驚いていました。最後まで長嶋茂雄を貫いた人生を送ったと思います。

 意識がなくなっても諦めず、そして、最後まで、俺は生きるんだ、諦めてないぞ、諦めてないよと。父の心臓の鼓動がそう発していると、私は思いました。父らしい、最期まで諦めない姿を見せてくれました。父は、きっとこの後、天国でも日課としている散歩とトレーニングを続けると思いますので、晴れた日には、皆様どうぞ時々空を見上げて、父のことを思い出していただければと思います。

 そして、父はとても耳が良いので、松井さんも、もしよろしければニューヨークから素振りをしていただければ、父もしっかりと聞いていると思います。どうぞ、これからも父と松井さん、二人だけの会話を、素振りを続けていただければと思います。

 また、この度、葬儀委員長を務めていただきました、読売新聞グループ本社代表取締役社長山口寿一さまには、父が亡くなる前日2日に病室に来ていただき、また翌日3日の早朝にも駆けつけてくださり、私達、家族だけではなく、スタッフにも「体は大丈夫ですか」と温かいお声をたくさんかけていただき、本当にお支えいただきました。「感謝」という2文字だけでは到底足りないんですが、山口社長、そして読売新聞グループ本社、社員の皆様、読売巨人軍、社員の皆様、家族・親族一同を代表しまして、心より、心より、感謝申し上げます。

 出棺に先立ちまして、お礼を申し上げ、ご挨拶と代えさせていただきます。本日は誠にありがとうございました。