ムダをなくすにんげんのこころ | いろいろといろ

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 気ままなブログさんでムダと害虫をテーマに書いていらっしゃいました。最近、ムダについて、いろいろと考えることがありましたので、つれづれと書いてみようと思います。

 基本的には、本田技研の創業者本田宗一郎の名言「長い目で見れば人生にはムダがない。」とか、遠藤周作の「人生には何ひとつ無駄なものはない」という考え方なんですが、この大量な情報や大量多種な商品が出回る中、ムダをつくる人間側の問題っていろいろあるんじゃないだろうかと思います。考えてみたのは、次の3つ。
 
 1.ヒューマンエラー
 2.見直しがされないこと
 3.見直す立場にある人の考え方や柔軟性に課題がある
 
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 1.ヒューマンエラー
 
 私にとって、一番心当たりがあるのは、印刷やコピー。それと、寝落ち。
 
 #健康にもエコにも悪いですってば。地球さん本当にすみません~。
 
 仕事面でいうと、手戻りやトラブル対応でしょうか。人間だからしかたがないものだと思うのですが、それなりの権限をもって「ENTER」を押せば、何でもできちゃう昨今。それを止めるためのチェック機構が必要になってくるのではないかしらと思うのです。


 
 2.見直しがされない
 
 計画や事業を立案するにあたって、最適なKey Performance indicator(KPI)や先行指標の設定が行われていない。たいていは売上などの結果指標のみで判断しているケースが多いのではないかと。高度経済成長の中で、事業や施策の見直しをするのは、恐らく半期ないし1年でよかったと思うのですが、最近は、1ヵ月ごと最低3ヵ月ごとの方針の建て直しが必要になっていると思います。



 3.見直しをかける立場の人の考え方や柔軟性に課題がある

 そもそもKPIや先行指標がないケースが多い上に、通例、慣例、常識に囚われた視野が狭~い人が見直しをかけると、視野が狭~い見直ししかできないケースが多いのではと思います。
 
 「昨年と同レベル?あ、売上は上がってんのね。じゃあいいや。今年もこのままで」
 「売上さがっているの?あ、そう。しかたがないねぇ。今は不景気だからねぇ・・」
 
 てな感じで・・・・。

 多くの優れているレビュアーは苦難なときでも、方針とまではいかなくともなんらかの方向性やアクションを出せるんだと思います。今は顧客との関係を強化しようとか、なぜ競合他社は安価に提供できるのかを調べようとか、マーケットのターゲットが間違っていないか再調査しようとか。

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 ところで話は変わりますが、私は昔の「オタク」というか王侯貴族が集めたものを見に行くのが好きです。見に行くたびに思うのは、昔の王侯貴族って、保管場所とメンテナンスする専門家をそろえていたんだなぁということ。特に1989年、イギリスで大英博物館、ナショナルギャラリーの素晴らしい美術品を見た後に、ベルサイユ宮殿を見たときはかなりがっかりしました。フランス革命や権力の抗争により、破壊または散逸してしまったものが多かったのかもしれないと思います。バイエルンのノイシュバン・シュタイン城も建築当時は、ワーグナーに傾倒していたルードヴィヒ二世に批判が集まりましたが、今、彼の造ったお城やワーグナーはドイツの観光収入源ですからねぇ・・・・。

 メンテナンスや保管の見直しや整理をしない人が収集したとしても、他の人からみたらガラクタにすぎないわけで・・・・。誰かがきちんとその価値を理解して研究分類しないと、それらを集めた意味は時間とともに失われていくと思うんですよね・・・。

 「整理」といえば、すごい人がいます。ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル。彼がモーツアルト没後すぐにモーツアルトの楽曲を製作順に番号を振ってくれたからこそ、あの短い36年という人生の中作曲された一つ一つの楽曲により意味を持っているのではと思います。(現在、実際には不整合があるとも言われていますが・・・)

 また、こんな例もあります。「海のピラミッド展」の印象的な展示品の中にデカンの祠というのがありました。祠というのは神様を祀っておく場所を指し、この祠には、外側には古代エジプトの10日ごとに見える星(デカン)が記されています。

 18世紀後半にフランスの博物学者がエジプトで発見した祠堂の三角形の屋根は、19世紀以降今日までパリのルーヴル美術館に収められていましたが、20世紀前半に底部と背面にあたる断片が見つかり、ルーヴルの所蔵品と組み合わせられることが判明しました。さらに1999年、ゴディオ氏のチームが海底から発見した4つの部分の断面がこれらに一致することが分かり、祠堂の完全に近い形が明らかになったのです。200年越しの歴史的パズルが完成したんです!!
 
 長年の調査の結果ですが、「これは・・・」と閃いた人いて、その閃きを実現できる立場にある人がいたからこそ、一個一個はただの「遺跡の一部」だったのに、偉大な人類の遺品だったということがわかったんです。


 そんなことをつれづれ考えておりますが、私達にできることは、ただひとつ、現実について、いろんな視点から、いろんな疑問を持つことなのかも・・・・。

 目の前にあるものについて、★自分にどんな印象を与えるか、★どうやって生まれたか、★時間的な疑問(創作する時間、運送する時間やコストなど)、★空間的な疑問(これ一つがどのくらいの大きさがあるのか、10個そろえばどうなるか、ひっくり返せばどうなるか)★今、自分が知っていることは何かなどを投げかけてみるのが、ムダをとる第1歩なのかもしれない・・・と思うこのごろです。