海の幸と俺たちの夜
一方、俺は――。
いつも陰で支えてくれる成瀬代理と、天野次長の弟がプロデュースした「対馬あなご専門店」のカウンターにいた。


あなご料理を肴に、長崎の離島・壱岐の焼酎をロックで味わっている。
「いやぁ、大阪でもあなごの握りは食べますけど、刺身とか煮あなごなんて初めてですよ」
成瀬代理が感心したように言った。
「ほんとだな。今日だけ特別っていう“対馬の黄金あなご”――俺も初めてだ」
脂ののった白身が舌の上でとろける。
長崎の海の底には、まだまだ宝が眠っている――そんな気がした。
「アジにサバに、地元民が見落としてる食材、まだまだありそうですね」
「そのとおりだ」
俺はグラスをくるりと回し、氷が溶けていく音を聞いた。
そのとき、千﨑部長がやってきた。
「おう、二人とも。おつかれさんだったな」
「いえいえ、我々はサポートしただけです」
「まずは――乾杯だ」
「部長、ワインですか?」
「白ワインは和食にも合うぞ」
「まぁ、そうですよね」
三人のグラスが軽く触れ合い、カランと澄んだ音を立てた。
この二年半の苦労話に花が咲く。
笑い声とともに、あの忙しかった日々が遠く霞んでいく。
やがて――千﨑部長が、ふと真顔になって言った。
「ところで――山本副部長、いくつになった?」
「今年の七月で、還暦を迎えたところです」
「そうだよな」
一拍の間。
俺は、胸の奥がざわめくのを感じた。
「……異動ですか?」
思わず口をついて出た言葉に、千﨑部長はゆっくり頷いた。
「察しがいいな」
焼酎のグラスの中で氷が小さく音を立てる。
このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。