近江町市場、再び
金沢駅近くのビジネスホテルに一泊した翌日の土曜日。
午前中は、金沢観光の“ド定番”――兼六園をゆっくりと見学し、昼には再び近江町市場へと足を運んだ。
今度は、前夜とは別の海鮮の店に入る。
天野次長は海鮮丼を、大杉主任は寿司を注文した。
やがて、料理が運ばれてくる。
2人は、無言でうなずき合った。
それは言葉にしなくても通じる、“これは間違いない”という確信の表情だった。
「……これって、人間がダメになるパターンのやつですよね」
と、大杉主任がこそっとつぶやく。
「そうねえ。でも、誰も見てないし、いいんじゃない?」
と、天野次長も軽く笑いながら答えた。
2人は、しばらく黙々と目の前の海鮮を味わった。


旅の終盤にふさわしい、静かな満足感がそこにあった。
帰りの北陸新幹線の車内にて。
「ところで、大杉さん。近江町市場で、何か気づいたことあった?」
と、天野次長がふと思いついたように問いかける。
「そうですね……まず、人がすごく多かったことです」
と、大杉主任は真面目な口調で応じる。
「そうね」
「あと、屋根があるから、雨の日でも雪の日でも、観光客にとってはすごく行きやすい。あれは大きな強みだと思いました」
「なるほど」
「それに、海鮮のお店がいっぱいあって、競い合ってる感じがしました。選ぶ楽しみもあるし、どの店に入っても“外れない”安心感がありましたね」
「なるほど、なるほど。ああいうのって、今風に言うと“マルシェ”って呼ぶのかもね」
「マルシェ?」
「フランス語で“市場”って意味なんだけど、最近じゃ“こだわりの食と暮らし”みたいな、ちょっとおしゃれなイメージで使われてるのよ」
「へぇ〜、なんか分かる気がします」

「あと……“寿司パラダイス!”」
「Yes!」
2人は思わず顔を見合わせて笑った。
そして――天野次長はタブレットを取り出し、画面を開いて大杉主任に向けて差し出した。
「ちょっと、この数字、見てみて」
そこには、ある統計データが映し出されていた――。
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