今日は1975年2月「初めての渡道」の4回目、2/18稚内以降の一人旅になります。
2月18日(火)
稚内に行く時も天北線経由の「急行天北」でしたが、旭川へはやはり「急行天北」が時間的に一番良く、それを利用する事に。
しかし「急行天北」は昼頃の発車なので、一つ前の普通列車で浜頓別へ向かいました。
浜頓別の入場券です。

当時の浜頓別駅は「興浜北線」の分岐駅で、結構大きな駅でした。
興浜北線はこの10年後の1985年7月1日に廃止されました。
そして乗車した「天北線」も1989年5月1日に廃止され、浜頓別駅そのものも廃止となりました。
浜頓別からは「急行天北」に乗車し、旭川を目指しました。
旭川には17時頃到着。市民スキー場までバスで行き、近くの「旭川YH」に宿泊しました。

スキー場の近くにあったことは覚えていました。調べたら「伊ノ沢市民スキー場」という名でした。
夕食に付いたジャガイモが丸ごと蒸かされバターをのっけた「ジャガバター」が美味しかった思い出があります。
「旭川YH」は2005年8月31日で閉館されたようです。
2月19日(水)
旭川駅から札幌へ。そのまま札幌で途中下車しないで、小樽を目指しました。
小樽駅の入場券

小樽駅下車後、小樽運河を訪問していました。その頃の小樽築港にはC623もいたはずですが、当時の私は小樽築港を訪問していませんでした。今だったら行っていたと思うだけに残念です。
札幌へ再び戻る途中で銭函という駅名に牽かれて途中下車をしていました。しかし銭函では入場券を買わなかったようでその時の入場券は残っていません。
53年3月に銭函は再訪していて、その時に購入していました。

この時には50年2月のなんと2倍の60円になっていました。
この当時は国鉄赤字が大問題の時で、毎年のように運賃が上昇していました。
銭函駅のとなりの手稲駅で711系を撮っています。

北海道電化で誕生した交流電車711系も今ではすべて引退してしまいました。
札幌に到着、この日の宿泊は札幌駅前の「札幌ハウスYH」でした。

2月20日(木)
札幌駅から千歳方面へ向かいます。
まずはまだ買っていなかった札幌駅の入場券を購入。

札幌近郊は駅間が近い理由からか、入場券と30円区間が一緒の切符でした。
千歳駅で途中下車。入場券を購入しています。

今では、隣の南千歳がが石勝線&新千歳空港駅へのとの分岐駅となって大きな駅になりましたが、当時は隣は「美々駅」という小さな駅でこの千歳駅が中心駅でした。
千歳から再び乗車し苫小牧へ。苫小牧で下車します。

苫小牧駅で遠くに煙室扉が開いたキューロクが停まっていました。

扉が開いているのが珍しく撮ったようです。
苫小牧からはバスで支笏湖を目指しました。
支笏湖観光をして、この日は「支笏湖YH」泊でした。

支笏湖YHは、日本ユースホステル協会直営のYH第一号です。

当時泊ったYHを代表して「支笏湖YH」を紹介します。
2月21日(金)
支笏湖YHからバスで再び苫小牧へ。苫小牧から登別に向かいました。
登別駅の入場券も30円区間併用です。

登別駅では、C57135が苫小牧方面へ向けてちょうど発車するところでした。
このC57135はSL最後の旅客列車を牽引した事で有名で今でも鉄道博物館に保存されています。
写真を2枚撮ったのですが、どこかに紛失して見当たりません。紹介出来ず申し訳ありません。
登別では温泉の地獄谷を観光。再び登別温泉駅から東室蘭に向かいました。
東室蘭駅で途中下車。

室蘭方面へ「母恋駅」へ向かいます。
「母恋駅」は特徴的な名前で有名な駅でした。

母恋の駅前は、日本製鋼の室蘭製作所が駅北側にド~ンとあるのを覚えています。
その母恋駅から南に2km程歩きますと「地球岬」があります。
地球岬というのですごい所を想像して行きましたが、普通の岬に灯台があるのみ。

あとはなんにもない寂しい岬でした。もちろんだ~~れもいませんでした
トボトボと歩いて再び母恋駅へ戻り二つ隣の輪西駅へ。「室蘭YH」泊でした。

本日は、ここまで。次回は室蘭から最後の掘り起こしになります。
次回は再び今では廃線になってしまった路線が登場します。SLの登場はありませんが、よろしくお願いいたします。