1975年2月「初めての渡道」5完結編 | cavacho☆彡“きゃばちょこ”です。

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SL撮影&乗車を主に、鉄道模型、ライブラリー等、鉄道趣味全般対象です。
C57180「SLばんえつ物語」の撮影・乗車記事が多数。

 1975年2月の「初めての渡道」の記録を掘り起こす報告も今回が最終回となりました。
 本日は2月22日室蘭発からになります。

2月22日(土)
 輪西駅から一つだけ戻って東室蘭へ。室蘭本線を長万部方面に向かって、伊達紋別で途中下車しました。

 伊達紋別駅の入場券です。
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 伊達紋別は当時、胆振線の分岐駅でしたが、途中下車しただけで洞爺駅まで向かいました。

 洞爺駅で下車。
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 洞爺駅からバスで洞爺湖を目指しました。洞爺湖を観光してバスで昭和新山へ。
 昭和新山は山から噴煙が上がっていて、その不気味さに圧倒されました。
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 昭和新山からほど近い壮瞥駅へは歩いて行ったかバスで行ったかの記憶はありませんが、それほど遠くない距離です。

 壮瞥駅の入場券です。
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 壮瞥駅がある胆振線は伊達紋別から壮瞥、北湯沢、京極等を通って倶知安に至る83.0kmの路線でした。札幌発、千歳線、室蘭本線、胆振線、函館本線でぐるっと一周回って札幌行きの「急行いぶり」が胆振線唯一の優等列車でした。

 この日は壮瞥から北湯沢まで乗車。宿泊は「北湯沢YH」でした。
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 三角屋根が特徴のしゃれたYHでした。
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 その日の宿泊者は私のみ。三角屋根のホールは寒々としていて、一人という事で和室のゲストルームに宿泊させてもらいました。

 2月23日(日)
 北湯沢駅から胆振線で羊蹄山の周りをぐるっと回って倶知安を目指します。午前中に伊達紋別から倶知安まで通しで運行されるのは825Dしかなかったので、7:50北湯沢発の825Dに乗って倶知安に行ったものと思われます。

 胆振線の京極付近からは羊蹄山が間近。綺麗に見えました。
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 胆振線車内から見た羊蹄山。
 胆振線は1986年11月1日に廃止になり現存していませんので、列車内からこの景色は見れなくなりました。

 胆振線の終点は倶知安です。倶知安駅の入場券。
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 倶知安からは函館本線を長万部へ向かいます。長万部で乗り換えのためいったん途中下車。
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 長万部から大沼へ。この日は「イクサンダー大沼YH」に宿泊でした。
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 イクサンダー大沼YHでYI君と再会。ここからは再び二人旅になりました。

2月24日(月)
 イクサンダー大沼YHから大沼公園駅へ行って入場券を買っています。
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 北海道最後の鉄道旅は函館本線で、函館を目指します。

 函館駅ではまず入場券購入。
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 函館駅の写真を撮って。
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 辺り一面雪でした。函館駅もこの味のある駅舎に「れんらく船のりば」が良い雰囲気。

 市電に乗って函館山の麓へ行きました。
 函館山から見る函館港。
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 この時は雪が止んで函館港が綺麗に見えました。停泊している船は船体の色から、「羊蹄丸」か「十和田丸」と思われます。

 そして北海道ともお別れ、北海道に渡る時の青函連絡船は「八甲田丸」帰りの青函連絡船は「摩周丸」でした。この両船、くしくも青森港と函館港に今でも停泊保存されています。

 「摩周丸」ではグリーン自由船室に乗船。殆どグリーン自由には乗客はいませんでした。
 それをいいことに救命胴衣を着けて記念撮影。
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 こんなポーズをとるところが若いね~~~

 そして北海道に別れを告げ、青森からは急行八甲田の狭いB寝台で。
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 0:05青森発の急行八甲田、福島到着が6:50。「初めての渡道」はこれにて終了となりました。

 以上で5回にわたって奥底から掘った「初めての渡道」のご紹介は終了です。
 2月5日に家を発って、25日に家に到着。21日間の長期の旅もこれにて終了。
(北海道ワイド周遊券は20日間有効でしたが、20日目に駅の外に出ないで福島までやってきたので、21日目でも有効)

 最後まで私のつまらない思い出話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。