川俣線廃線跡を歩く② | cavacho☆彡“きゃばちょこ”です。

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 昨日に引き続き「川俣線廃線跡を歩く」②…浜子隧道~岩代飯野駅をお届けします。
 
 1、浜子隧道入口付近に近寄ってみました。
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 中には入れませんが、昔のまま残っています。
 
 2、中を覗くと、SLの煤などなくきれいです。
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 無煙化されてから塗られたのでしょうか。
 岩代飯野側は埋められてしまったので、先は真っ暗です。
 
 資1、1971年岩代飯野側を出るキハ23形
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 切り通しになっている為に埋められてしまいました。
 
 トンネルを出てまもなく阿武隈川橋梁に差し掛かりました。
 
 資2、1971年、阿武隈川橋梁を渡るキハ28形
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 この鉄橋は現在取り払われてなくなりました。
 
 鉄橋を渡った列車は、再び築堤を走り、飯野・明治のサミットは切り通しで抜けます。
 
 3、川俣線のサミット「飯野・明治の切り通し」
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 今でも切り通しで残っています。雑草も刈りはらわれて車が通れ、地元の人が農道に利用しています。車道は切り通しの左側を通っています。
 
 列車は中学校脇を通って岩代飯野駅に到着します。
 
 4、かつて岩代飯野駅があった場所には学習センターがあります。
 学習センターの右側にある松の木が、下の写真の駅の建物越しに見える松です。
傍らには、C12-60が静態保存されています。
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 C12-60は相当痛んでいます。このまま朽ち果ててしまうか心配です。
 
 資3、1972年冬、廃止前の岩代飯野駅です。
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 廃止翌日早朝、岩代飯野駅にC12-60は自走でやってきました。
 
 資4、岩代飯野駅に到着した時のC12-60です。
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 飯野駅の引き込み線に停車中。雨降る日でした。
 
 資5、引込線に停車中のC1260をバックから。
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 車の見える所の建物が駅舎です。
 
 これより先、川俣線は岩代川俣まで伸びていましたが、現在はその痕跡はまったくと言っていい程残っていません。
 C1266が保存されていた岩代川俣駅があった場所さえはっきりしないようになってしまいました。
 
 最後に、川俣線廃止の日の「さよなら川俣線」のイベントが行われた
岩代川俣駅16:00発730Dの様子を紹介いたします。
 
 資6、16:00岩代川俣発730Dです。
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 本日も最後までご覧いただきありがとうございました。