私は鉄道写真を、72~75年頃に多く撮っていますが、就職~結婚~子供が生まれた頃は、ほとんど鉄からは遠ざかって、鉄道ジャーナルや鉄道ファン等を読むだけでした。
しかし、たま~~には「鉄道を撮った写真」もあったりします。
それが、C56-160号機を使った「SL奥久慈号」です。
1985年(昭和60年)つくば科学万博を記念して、
4月28日~5月11日までの14日間、常陸大子~水戸間を1日1往復しました。
昨年も「SL奥久慈号」は運転されましたが、真岡鉄道のC11325号機を使ったものです。
85年は、民営化2年前ですので、まだ国鉄の時代です。梅小路蒸気機関車館に所属していたC56-160が水郡線まで遠征してきたのでした。
今はC56-160はJR西日本、水郡線はJR東日本と、別会社になってしまった上に、JR東日本のローカル線でのSL運転は、すべてC11-325が使われていますので、再びC56-160を走らせる事はまず不可能でしょう。
1985年4月は、私の長男がちょうど1歳になった頃で、立って歩くことはできず、つかまり立ちできるぐらいでした。
「SL奥久慈号」が載った、交通公社時刻表85年4月号から

当時は大子にも転車台があり、大子で方向転換をしました。
息子が一緒のC56-160の写真です。

トラロープが張ってあり、すぐ近くまで行けました。
長男も今では28歳。全然顔が違うのでモザイクを入れるまでもないですね
14:03 常陸大子駅を発車!

結構爆煙でした。前の川は、水郡線に沿って流れる「久慈川」です。
良い感じの煙をあげながら、鉄橋にさしかかりました。

良い具合に煙が出てくれました。 写真は絹目の印画紙なので少し荒い画像になっています。
アップでも撮っています。三脚などなく、すべて手持ち撮影です。

これらの写真は、当時の愛機「ミノルタSRT-101」で撮ったものです。もちろん連写機能などなく、ピントも自分で合わせる必要があります。ピントを合わせて一生懸命フィルムを巻きながら撮影しました。
目の前を通り過ぎました。

線路脇には、監視の人たちが大勢出ていましたが、14日間も運行があったので、殺気立った雰囲気は全くありませんでした。
常陸大子駅前広場ではいろいろな出店がありました。
その中で、国鉄の販売テントでは、生写真にコメントを入れて売っていました。

こんな撮り方どうやって撮ったのでしょう?当時もリモコンなんてあったのでしょうか?
デジカメではなかったし…。国鉄承認の撮影だからOKだったのでしょうかね。
普通列車は、キハ45+キハ40の首都圏色4両でした。

今、この編成が走ったら、絶対感激物ですよね~。
今日は、My鉄道ライブラリーから、1985年の水郡線を走ったC56-160の話題でした。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。