地中海というのは

三方向から囲まれていますが




このように

文化の極端に違う国に囲まれていて

それらを

区切る役割と

交流の場としての役割があります。


※あまり学校では習わないけれども

北アフリカには

しっかり固有の文化があります。

メソポタミアも滅んだわけではなく衰退しただけで

それに続く独自の文化があります。


だから

地中海に突き出ている

イタリア半島は

様々な文化が入ってくる場所で

情報が行き交う場所ですし

一つの文化に属している国にはないような

技術が誕生しやすく、

結果的に技術を高めやすい場所になります。




そしてもうひとつ。


イタリア半島に

今でいうところのバチカン市国があります。


ここには

聖書と聖書に関わる資料の

一番古い写本と

残っている原本が

おさめられており、


カトリックだけでなく

プロテスタントや

そういう区分に属さないものも含めて

聖書を聖典とする

あらゆる宗教の聖地です。


定期的に人が訪れる場所なわけですね。


地中海での交流は交易が主で

ある意味、余ったもののやりとり

になるわけですが


聖地を訪れる人の情報というものは

普通に生きていたら手に入らない希少なもの、

それは

学問が発展しやすい土地

ということになります。




必然として


文化の発展の仕方がエゲツない

(げふんげふん、失礼しました)


文化レベルが非常に高い人々が住む土地


になるわけで


そうすると

国を治める人にとっては


・土地が狭いから土地の管理費が安い

・知性の高い人たちはルールを守るから

管理しやすい

・仕事のできる人が多いから高い税収が

見込める


という特徴になり、


非常に「価値の高い場所」

になるわけです。




というわけで、


ドンッと年表を出します。


とはいえ、

わたしの知る年表は

都市としてのローマと

せいぜいがシチリア、になります。






イタリアに戦争がなく穏やかな時期

といえば

カエサル大帝の戴冠から

何代かの皇帝の治世を指します。


ただこの時期は

戦争はなかったけれども

ちょっと国内がゴタついてまして


民の不安や不満を逸らすために

キリスト教徒を迫害したと

考える歴史学者もいます。



イタリアの

いわゆる彩り豊かな文化は


ルネサンス期にベースができ、


日本よりも狭い半島に

たくさんの国が乱立し

それぞれが独自の文化を育む時代に

育ち、

やがて

華やかに咲き誇った

そういう種類のものを指すと考えられます。


ものすごーくざっくりとしたまとめとして


散々ケンカをふっかけて

戦争を繰り返した結果、

周りにめんどくさいご近所さんが

増えてしまったために


やっぱり他人と争ってもいいことはないと

得心して


国の規模を極端に縮めて

わざわざ違いの際立つ国々を

狭い半島内にいくつもつくり、

異質なものとの共存の中で

高度な文化と技術を発展させたのが

イタリアという土地。




ルネサンス期の楽譜は

今も残っていますし

それを専門に弾く方もおられます。


日本でたしなまれるものは

リュートなどの

撥弦楽器が多いように思います。


日本で学べる楽典は

オーケストラで使うものを指す、と

思っていただいていいと思います。


この楽典が確立された時期は

特定されてはいなかったと記憶していますが

(というか楽典はそもそも「確立」までは

されてないと思う)


バイオリンを弾く視点で見たときに

我々の知る楽典で理解する楽譜は

バロック期以降のもの


つまり


17世紀以降に

書かれた楽譜、と考えます。


例)

コレルリ(1653〜1713)

ヴィヴァルディ(1678〜1741)

バッハ(1685〜1750)

ヘンデル(1685〜1759)



つまり楽典は

14〜17世紀くらいの文化の中で

出来上がったと考えるのが妥当なわけです。





最後、まとめ。

楽典が形作られた時代のイタリアは


領土として狙う他国をいなしつつ


絶えず異文化が流入し

稼ぐための条件が厳しい環境で


小さな国の形を選んで

国として交流しつつも

文化としては交わらず


わざわざ違いを際立たせる形での発展を

狙ってやっており、

「異質な隣人」をわざわざ増やす選択を

こなした上で


すぐ近くにある異質なものと

うまくつきあうことで

形作られたものになります。



もう少し

考えるためにはピースが足りませんので


次の記事は

「暖かく住みやすい気候と

陽気な国民性とは関連するか」

について書く予定です。