イタリア人の気質、というより


イタリアなどラテン系の文化と

ドイツなどゲルマン系の文化を

比較で


ラテン系

優美さを好む、人生を楽しむ方向性、

身につけるものに派手な色を好む、

社交家が多く異性に対して積極的、

おしゃべり


ゲルマン系

質実剛健な気風、

暗い色を身につけることが多い、

内向的で口下手が多い


と説明されることが多いです。

(というか普通に日本の学校の社会の授業で

こんな比較が説明として出てくると思う)



旅行先で見る風景として

ドイツ以北よりは鮮やかな衣服が

道路で目立つだろうし

寒い土地よりも服の開きが大きいだろうし

…そしてナンパ師が口説く姿を

他の国よりも見つけやすいとも

言われるねぇ。




イタリアには

友人知人を誘って大勢で食事を楽しむ

文化があって、

会話に時間をかけることや

旅行者をそこへ誘う場合があることも

文化のひとつとして紹介される

場合があります。


このことと



旅行者視点で見えやすいものとを

関連させて

納得してしまったのが

上の対比リストではないかと

思います。



冬に太陽光が減ると鬱になりやすいために

白夜の国々に比べると

年間を通しての(笑)

おおらかさは

確かにイタリアの方が上なんです。


ただ


イタリアはヨーロッパにとっての

一大リゾート地で


ぱっと見の旅行者率の高さがね、

結構わからないものだから



日頃のストレスから解放されるために

来てる人たちが

解放的に見えるのは、そういうもんやし


リゾート地というのは

そこにいる間は

生きることをめいっぱい

満喫してもらってからお帰りいただくのが

商売なわけで、


ストレス解消には散財が

一番手っ取り早いから

そのための

装飾重視のアイテムが売れやすいし、


ナンパ師がイタリア地元民かはわからんし


女の子に声をかける男の子が

全員ナンパしてるわけでもないしね。



仕事内容としては

裏方の地味な仕事や

強烈な職人気質でないと成立しないものが

多くて


享楽主義が生活するのは厳しそうに

わたしには見えます。



個人的に


上の対比表は


リゾート地の客を

イタリアの地元民だと誤解しての

ものの見方をしてると捉える方が


理解としては

まっとうではないかと思うんですよ。





Allegro

Andante

Vivace

Presto


などの言葉は


生活の中で今も使われる言葉で

生活感あふれる表記です。



書き忘れてますけど


これらは楽想表記であって、

曲に何を思うかを書いてくれてるだけで


テンポ記号ではありません

つまり

直接テンポについて書いてるわけでは

ないんです。


怒ってるときにはだんだん早口になる、とか

泣きじゃくりながら

次から次へとポンポンとリズムよく

喋ることができない、とか。


歩くといったら

だいたいこの速さだよな、とか

走ったらこのくらい速度は出るやん、とか。


そういう必然としてのテンポが

体とか生活とかにはあるから

結果的に

表現とテンポは

ある程度なら連動するよ。


けれども


書いてあるのは「徒歩何分」みたいに

体感でテンポを説明する目的の言葉ではなく


作曲者が書くときに感じた言葉を

メモみたいに書き留めたんであって


表現についてのイメージを

簡単に書き留めただけなわけ。




辞書をひいても

翻訳アプリを使っても

わからん英語はわからんでしょ?


自分と彼らは

同じ人間で

同じ趣味を持つから

出会ったら深く語り合いたくなる何かを

共有する同志。


そういう感覚がベースにないと

言葉は理解できないものよ。



前の記事に書きましたけど


イタリアという土地は

生活していくためには

シビアに仕事の成果が求められる土地です。


それなのに


○どうしておしゃべりに

そんなに時間を割くなんてできるの?


○どうしてそんなに食事を大事にするの?


○どうして人との関わりを

ウザいとかめんどくさいと思わないの?


○全部、仕事の成果を出す上では

邪魔じゃないの?


それから、


○簡単に人を信じすぎじゃない?

怖くないの?


作曲家の「メモ書き」と仲よくなるために

というか、


「何考えてるかわからん、自分にとっては

宇宙人みたいな存在」から

自分と同じく人間だったんだと

受け入れるために ( ̄∀ ̄)b


多くの人が答えてほしい疑問は

この辺りだと思うんです。




ストーブでぬくぬく。

遊んでくれそうなら

いつでも走る準備は整ってます。