タイトル『犬猫の化学物質過敏症 その2』以降では、私が動物病院の診察で経験した『ヒトは大丈夫…でも犬猫は?』症例について挙げていきます。人間には特に症状が無くとも、犬猫ではときに命にかかわるような症状がでてしまった化学物質について、お話いたします。これは、『ヒトは安全』という意味ではなく、『それが高濃度になればヒトも症状がでる』ということです。また、動物はヒトも含めて『個体差』というものがありますから、同じヒトであってもAさんは大丈夫でBさんは症状が出てしまうことも、もちろんあります。

 

【ケースレポート2】(ケースレポート1はこちら↓)

 

 

5歳の避妊済み、雌の日本猫(体重3.9 kg) が元気・食欲がないとのことで来院されました。診るとややぐったりしていて力が入らない様子で、軽度に呼吸が速くなっていました。お話をうかがうと、前夜に飼い主さんが塩素系洗浄剤(主成分は次亜塩素酸ナトリウム)の泡スプレーで浴室を掃除する様子を、すぐ後ろで見学していたことが判明しました。私は次亜塩素酸ナトリウムの吸入が原因と疑い、入院といたしました。入院当日の血液検査では軽度腎機能が低下していましたが、胸部のレントゲンで異常は認められませんでした。

 

 

しかし、入院3日目に呼吸困難となり、6日目にレントゲン検査ではっきりと胸腔に水が溜まっていることがわかり、その水を抜きました。心臓は大きくなっており、心筋が壊れていることが評価できる高感度心筋トロポニンという数値は8.441 ng/mL で正常値のおよそ70倍でした。

 

幸いにもこの猫は治療で状態が改善し、入院10日目で退院となりました。その後、7年が経ちますが、以来飼い主さんは、空気中に漂う化学物質に気を遣うようになり、タバコやアロマテラピーも止め、この猫は今も元気です。

 

なお、この症例の医学的な詳細は、日本獣医循環器学会の学会誌に投稿し、審査を経て掲載されました。「家庭用塩素系洗浄剤の暴露による呼吸器障害ならびに心筋傷害を疑った猫の1例」 小宮みぎわ,岡本芳晴.動物の循環器,2022,55,1-7.

 

ヒトでも健康被害の報告があります。使用には十分注意しましょう。

 

 

【ケースレポート3】

 

9カ月齢でまだまだ好奇心旺盛の去勢済み雄の日本猫(体重3.9kg)が、ヨダレが止まらないということで来院されました。この猫は5日前に突然、ヨダレと涙、鼻水が大量に出続けてクシャミも止まらず、他院を受診されました。猫風邪という診断で治療をされましたが全く改善しませんでした。

 

飼い主さんがネットで調べて…そういえば最近、アロマポットと加湿器に入れるアロマオイルを購入して使用を始めたことに思い当たりました。この9カ月齢の猫が一番近くに寄って来て(同居猫は他に2匹)ニオイをかいだり触ったりしていたので、アロマオイル中毒ではないか?と疑って当院へ来られました。ヨダレは大量にポタポタ落ち続けており、ヨダレ、涙、鼻水が止まらないので顔じゅうがグチャグチャになり、それを気にして前肢で顔を擦り、今度は前肢がグチャグチャになり、そこを舐めまくって親指周りの毛が抜けて真っ赤に腫れていました。

 

 

ここで注目すべきことは、家の中の人間と他の猫2匹には、何の症状も現れていないことです。これは動物の種類が違うと、つまり人間と猫では、化学物質の解毒能力が異なるということに加え、同じ猫という種類の動物間でも、解毒能力に差はあるというと推測できます。また、空気中に拡散される化学物質の場合、その発生源からの距離というのもあるでしょう。近くにいるほど、その化学物質に濃厚に曝露されます。

 

アロマに含まれる香料は、天然であれ人工であれ、複雑な化学構造をした分子です。体内に入ってもなかなか分解されないため、体外に排出されずに蓄積される危険性もあります。一方、大気中に拡散した香料も、自然界でなかなか分解されず、生物濃縮により、結局人間の体内に入ります。いまや、人間の母乳からも香料成分が検出されています。

 

香料の中には、アレルギーや発ガン性、内分泌かく乱、肝臓や腎臓の炎症などの作用が報告されているものも多くあります。

 

このご家庭は柔軟剤も使っておられたので、柔軟剤中に含まれる人工香料以外の化学物質とマイクロカプセルについての説明をさせていただき、家庭内での使用を止めていただきました。猫には解毒を促すような治療をして、4日目にはヨダレ、涙、鼻水は止まりましたが鼻を擦りすぎて鼻血が出るようになっていました。が、それも1~2日で止まり、その後いつもの元気いっぱい猫に戻りました。