Goran Bregovic(ゴラン・ブレゴヴィッチ)は旧ユーゴスラビアのサラエヴォ出身の作曲家である。

Bella Ciao(さらば恋人よ)はイタリア内戦のときに反ファシストのパルチザンに歌われた曲で、Alla mattina appena alzataという民謡に基づいた作者不詳の曲だそうな。私がパルチザンとして帰らぬ人と化したら、さらば恋人よ、私を山奥に埋めてくれ、という歌詞である。軍歌はたいてい戦争が終わって当事者がいなくなったら嫌われて廃れるものだけれど、この曲は自由とレジスタンスの讃美歌として人気のようで若い聴衆がノリノリである。音楽という形で戦争の記憶が引き継がれるのもよいと思う。

Claire Laffut(クレア・ラフー)はベルギーの歌手で、パリを拠点に活動しているそうな。

ベルギーは地方によって北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏と東部のドイツ語圏があるそうで、この曲はフランス語で歌っていて、あたいたちがどこへ行っても煙に包まれているだわよ、戦場以上だわよ、広島を愛してるわよという感じの歌詞のようである。この人と広島のつながりがよくわからないけれど、『二十四時間の情事』(Hirosima mon amour)という1959年の日本とフランスの映画をモチーフにしているのかもしれない。

そういえば広島のもみじ饅頭は饅頭というよりカステラのような気がするので調べてみたら、カステラ生地を使って餡を包んで焼いたものは焼饅頭として分類されているようである。ということは人形焼きも人形饅頭と名乗れるのかもしれない。

Chinko Ekunはナイジェリアのラッパーである。

この曲の1:58頃にしょっぱいしょっぱいとかおっぱいおっぱいとか言っていて、ポップに讃美する感じが面白い。ゴスペルとかもそうだけれど、黒人は神を賛美するにしても荘厳なのよりも賑やかなほうが好きなのかもしれない。チンコの元気な姿をみると日本中の小学生男子が元気になると思う。もし松尾芭蕉がナイジェリア旅行をしていたら、「讃美歌もひびくやうなりチンコかな」と一句読んだかもしれない。

ボンバ・エステレオはコロンビアのバンドで、エレクトロトロピカルやサイケデリッククンビアと呼ばれる音楽を作っている。

この曲は「このような愛」というタイトルで、海辺であった日を覚えているかい、俺はクレイジーになっちまってお前の行くところにはどこでも行くぜ、こんな愛で心を感じるぜ、という感じの歌詞のラブソングで、屈強な兄貴たちがチューするMVが攻めている感じである。もし松尾芭蕉が男だらけの軍隊にいたら、「ブロマンス座に美しき顔もなし」と一句読んだかもしれない。

DNCEはアメリカのダンスロックバンドで、ボーカルのジョー・ジョナスがジョナス・ブラザーズで活動し始めてDNCEは2018年に活動休止している。

この曲は合いの手の入れ方がMark RonsonのUptown Funkと似た感じで、私はこういう合いの手が好きである。海辺の直射日光が当たるところにケーキを置くとすぐ痛みそうなのだけれど、そういうのを気にしないバカっぽいところがアメリカらしい。日本で言うと京都の川床で水ようかんみたいなもので、海辺のケーキはアメリカ人なりの風流なのだろう。もし松尾芭蕉がアメリカ旅行をしていたら、「水着ギャルをあつめて囃しハンティントンビーチ」と一句読んだかもしれない。