アナトーリ・リャードフ(1855-1914)はロシアの作曲家で、聴き手に心象風景を喚起させることを意図した標題音楽を作曲している。

私は二曲目のクリスマスソングが気に入っていて、しんしんと雪が降るような感じがよくて冬に聞きたくなる。ロシアは共産主義になる前の19世紀から20世紀初頭のスラヴ的なロシアのほうが文学や音楽とかの芸術が優れていると思う。

Fu-Schnickensはブルックリンのヒップホップトリオで、1988年から1995年まで活動していた。fuは統一を意味してschnickenは連合を意味する造語だそうな。

この曲は1:08頃のChip Fuの早口ラップが特徴的である。最近はラップが一般的になったけれど、この曲はラップにテクニックが必要だった時代のラップとして高評価されているようである。洗練された音楽もよいけれど、黎明期の音楽もいろいろな工夫が見えて面白いものである。

K-MARO(シリル・カマール)はレバノン出身でカナダで活動するポップシンガーで、フランス語と英語で歌っている。

この曲はフランス語の鼻声みたいなハスキーなラップに売れ筋の曲のおしゃれさを足したような感じで、UsherのYeahと似たようで違う感じの曲を聴きたい気分のときに聴くとちょうどよい。

Grausame TöchterはボーカルのArenea Peelを中心にしたドイツのバンドで、おしっこしたりしてBDSM要素があるパフォーマンスをするのでコンサートに年齢制限があるそうな。

この曲は「信仰、愛、希望」というタイトルで、あたいは何も信じねえぜ、誰も何も知らないからな、あたいは何も望まねえぜ、あんたがあたいを想っていればあたいはずっと美しいんだぜ、幽霊をぶっ殺してあいつらの主人になってあいつらを墓にぶち込もうぜ、というような歌詞で、ズムズムいう感じがいかにも電子音楽でよい。闇落ちしたパフュームみたいな感じで、電子音楽にも国民性がでるものである。廃屋からこの人たちが出てきたらとしお君より怖くておしっこちびると思う。

Rastakはイランの現代民謡を演奏する有名なバンドのうちのひとつだそうな。

Ey Yarはイラン南部の民謡で恋人よ俺のところに来てくれというラブソングのようで、伝統的な楽器の中にスチール缶も混ざっているのが面白い。2:49頃からヤン坊さーなーと連呼していて、ヤン坊マー坊天気予報を思い出した。yambo sanaはペルシア語でどういう意味なのかはわからないけれど、スワヒリ語だととても早いという意味のようで、おはようという挨拶なのかもしれないし違うのかもしれない。