Sea Lavender。スターチスという名前の方が日本では知られていると思う。
なんだかパサパサしていて、ドライフラワーでもそうじゃなくてもあんまり変わらないみたいな花。
花屋さんに必ずあるけれど、特に惹かれることのない花。
ここ、サンディエゴでも海辺によく咲いているのを見かける。
こんなに綺麗な紫色なのに、なんだかあまり存在感がなくて、からっとした風に揺れることすらないその風情は特に目を引くこともない丈夫な野の花といった感じ。
そのスターチスの名前がSea Lavender だというのを知ったのは数年前。イギリスでだった。
その頃ケンブリッジに暮らしていた私は、その北東にあるノーフォーク州の田舎の風景にとても惹かれていた。
平坦で広大な農地はパステルで描いたような優しい色をしていて、海辺にはマーシュという湿地が広がっている。
ドライブしていると、拳くらいの大きさの石を積み重ねて作られたような家や壁の牧歌的で古い村がいくつも現れた。
そんな村は海辺のコッツウォルドと呼ばれているらしい。
ただ、ここはロンドンからのアクセスもそれほどいいわけでも近いわけでもないせいか、あまり海外からの観光客が訪れることのない秘境のようなところ。
この辺りには、波に現れて白い骨のようになった貝殻みたいな、古い教会や修道院の廃墟、城跡もあり。車を降りて廃墟を散策すると、寂しくて優しくて、懐かしいような悲しいような気持ちになるのだった。
ある日。それは初夏だったと思う。夫と私はノーフォークの海岸に出かけた。
初めて行くHolkham Beach というところに興味を惹かれて、車を停めて歩いてみることにした。
そこは海に向かって半島のように突き出たような形をしていた。
車を停めたところは海に向かって伸びた道で両側が湿地になっていた。
その道の先には暗い色をした松の林が見えて、なんだかミステリアスな感じがした。
松の林の先には海の気配があった、ビーチサンダルを履いてバケツを持った子供たちが嬉しそうに走っていった。
確かに水が、水たまりが沢山あるのだけれど、海辺はまだ先のようだ。
ところで、日本や南カリフォルニアの海とイギリスの海は、全然違う。
それは何度も打ちのめされるように感じたことだった。イギリスの海辺の雰囲気は私にはとても陰気に感じられる。
遠くにある浜辺があるであろう場所に視線を伸ばすと、周りがうっすらとした紫色の煙ったような感じになっていることに気がついた。
湿地の水たまりだらけの平原にラベンダー畑が広がっているみたいだ。
そこへ向かって歩いていくと気がついたら、周りは紫色の花の咲く湿地だった。
なんだか、見覚えのある花のような気がした。スターチスだった。
でも、カサカサとしたつまんない花ではなく、灰色の空の下、湿地に広がる薄紫色の花畑は幻想的でしっとりとしていた。
この日、私はスターチスの別の名前はシー・ラベンダーだというのを知った。
今まで花屋さんで見ていたのは、まるでスターチスの化石だったかのように、そこで花は生き生きとしていた。
干潮だったのだろうか。水たまりだらけの平原の先にまだ海は見えなかったけれど潮が満ちればこの花畑にも海水が満ちてくるに違いない。
私の知っている、まるで造花のようなつまらない花スターチスは、ここでシー・ラベンダーをいう別名のもと妖しく幻想的に海辺に紫の紗をふんわりと被せて、ワイルドに咲いてた。
イギリスから南カリフォルニアに帰ってきて、約1年が過ぎた。
花は、私をイギリスの思い出に連れてゆく。
今日は、スターチスの花が数年前のノーフォークの海辺の思い出へと私を連れて行ってくれた。