この記事で、ちらっと触れました。
長く勤めた会社を、後味の悪い辞め方をした時のことについて、今日は書こうと思います。
新卒で4年間病院で働いた後、転職した会社です。産休育休を挟みながら12年間在籍しましたが、2020年3月に退職しました。
2016年4月に法人内で異働になってからは特に、常に人員不足との戦いでした。
私は2017年3月に次男を出産し、人員不足に一時
拍車をかけてしまった側なのですが、仕方ありません。当然の権利です。
常に人が足りませんでした。誰かが入っても、他の誰かが辞めてしまいます。私は役職があり、責任のある立場でした。
次男出産後、2018年3月に仕事復帰。間もなく長男は小学校に入学。『小1の壁』なんてどこ吹く風。彼は楽しんで学童に通ってくれました。迎えはいつも、いちばん最後。いい子にテレビを見ていました。
しかも、自分からやりたいと言い出してバレーボールを始め、練習日は学童で着替えさせてもらって体育館に通っていました。
私は仕事中心の毎日で、少々体調が悪くても休みませんでした。てゆうか、休めませんでした。
人員不足にも関わらず新規事業を始めることになったり…その皺寄せはもちろん私。何かにつけて、相談事がくるのは私。部署の仕事の半分以上を1人でしている自負がありました。
でも、保育園の迎えがあるので定時退社。できなかった仕事は休みの日に出勤してまとめてしたり、常に仕事は山積みでした。
幸い上司や同僚に恵まれていたので、愚痴を言い合いながらも踏ん張っていました。特に、当時の施設長は入社当時は直属の上司だった人。
私の事情(子供のことや、体調面)を分かってくれていて、少々理不尽なことを言われても信頼していました。頼る場所があったのです。
でも、こんな仕事中心の生活は、ずっとは無理だ。子供らが大きくなったら部活の応援に行きたい。頃合いをみて、転職せねば…。でも、今は辞められない…
暇があれば、こんなことをずっと考えるようになっていました。
そんな頃、忘れもしない2019年11月11日、ポッキーの日。ただならぬ様子の施設長に呼ばれました。
「大変なことになった。」
施設長が強ばった表情で言いました。
えっ、何だろう…
「11月21日付の異働で、△△に異働です。 ◯◯さん(私)が。」
え、私?? 何で?
私は、笑いました。何でそうなる?って笑いです。
「本当ですか?」
「そうよ。本当よ。あー!どうするー?」
施設長は取り乱し始めました。
「10日しかないですよね? 引き継ぎしきれる気がしません…」
詳しく話を聞くと、今まではあまり接点のなかった系列法人の理学療法士どうしをトレードして、レベルアップを図るという趣旨でした。
趣旨は分かるけど、何で今? 何で私?
その日から10日間は、ひたすら引き継ぎ書を書きました。毎日残業です。利用者さんにも、担当が代わることを言わないといけません。
生活リズムも変えないといけませんでした。当時の勤務は9時からでしたが、異働先は8時半から。保育園児を2人抱えていた私にとって、朝30分時間が早まるのはとてつもなく負担でした。でも長女と次男に言い聞かせて、異働を言い渡された翌々日から『家を30分早く出る練習』をしました。
夢中でしたが、この異働を機に辞められるかも知れない、異働先が嫌だったら辞めてしまおう、有給もたくさんある。少し休みたい。退職金どれだけあるかな。
なんてことを考えていました。
また「私は追い出されたのかも知れない」とも。実は少し心当たりがありました。
部署内に、入社して1年くらいの50代男性がいました。とにかく、自分のことしかしない。マイペースすぎる。それが顕著でみんな困っていました。私も苛立ちがピークにきていて、その男性が自分勝手な発言をした時に、少しきつい対応をしてしまったのです。
翌日から、その男性は数日仕事を休みました。しかも私の実名を出して上司に抗議の長文ラインを送ったようで、私は呼び出されました。
上司も事情は理解しているので、そんなにきつくは言いませんでしたが、私は、
「私には無理です。もうどうにもできません」
と言いました。限界を感じていました。
私の移働には、この出来事が関係していると感じていました。
2019年11月21に私が異働した先は、病院でした。約12年ぶりの病院です。
新卒でいた病院は回復期でしたが、そこは慢性期、維持期。そんなにいるの?ってくらいリハ職がいました。みんな若くて、ちゃらちゃら。若い子のノリ。余裕のある業務。全く違う雰囲気に、馴染めるわけがありません。
仕事量は半分以下に減りました。パソコンにもなかなか触れません。
『干された』ような感覚でした。
これ、何の仕打ちなのかな…
あんなに働かせといて、ぽいっと異働させて、あとは知りませんよ、ってかな。
疲れきっていた私は、雰囲気の合わない新しい職場に自分から馴染んでいくエネルギーが残っていませんでした。
淡々と、与えられたことをこなしました。
必要以上に会話せず、孤立しました。
そんな中でも、この間までいた職場に間に合わなかった引き継ぎをしに行かないといけません。
引き継ぎに行くと、施設長は「新しい職場はどう?」と聞くわけでもなく、
「早く引き継いで!」とまくし立て。手のひら返し。裏切られたような感じがしました。
パソコンを開くと、私のメールのアカウントははるか下に移動されていました。
何だかショックでした。
施設長も人事とグルなんだ…
私を辞めさせたいから異働させたんだ…
もう、思考がまともじゃありませんでした。
うつ状態です。でも何故か、不思議なことに大きく体調を崩すことはなかったので、休まずに出勤していました。
もう、辞めることばかり考える毎日でした。
②に続く。