猫の種類と歴史 -4ページ目

ピクシーボブ

ピクシーボブの起源には色々な説があります。一番一般的な説は、「アメリカ山猫と家猫との雑種ではないか」という説が一番一般的な説で、オシキャットのように「ヤマネコに似るように 野生の外観がある家ネコを交配することにより作りあげた」という説もあります。どちらが真実かははっきりしていませんが、キャロル・アン・ブリュアーがピクシーボブ種の創作で評価されています。1985年に彼女は2匹の猫を交配させてできた最初のメス猫をピクシーと名づけ、これがピクシーボブ種の始まりです。

ペルシャ

ペルシャ猫の原産国ははっきりしていませんがアジアの猫と思われ、1600年代にイタリアの旅行者が始めてヨーロッパに連れてきたとされています。しかし、他のロングヘアーの猫も、アフガニスタンやビルマ、中国、ロシアやトルコからヨーロッパにつれてこられたと言う説もあり(それがペルシャ猫かはっきりしませんが)確定していません。ペルシャ猫は猫の中で一番人気のある猫です。ペルシャ猫が最初にキャットショーに出でたのは1871年にロンドンで開かれたキャットショーでそのキャットショー以来人気は高まる一方になり、1800年代にはブルーペルシャが好まれました。ペルシャ猫は、1800年代後期にアメリカ合衆国に輸入され100年の品種改良により現在の洗練されたペルシャ猫になっています。

ヒマラヤン

ヒマラヤンはペルシャ猫の一種として考えられていて、ペルシャ猫とシャムネコの異種交配により1950年にアメリカのブリーダーにより作られ、少し後に、イギリスのブリーダーによりつくられました。最初は黒のペルシャのオスとシャムの雌との交配でウェーブのあるコートの黒のオスが生まれました。次に黒のペルシャのメスとシャムのオスを交配し黒いメスが生まれその2匹を交配しそして黒いロングコートのメス猫が生まれました。そしてそのメス猫と最初に生まれたウェーブのあるコートの黒のオスとの交配で最初のヒマラヤンがうまれたようです。色とパターンはシャムネコで、コートと体はペルシャ猫の容姿をしています。1957年にその色模様がヒマラヤウサギのような他の動物に似ていたためヒマラヤンと名付けられました。

ベンガル

1963年にあるヒマラヤンのブリーダーがペットショップでメスのアジアンレオパードキャットを買い、(現在では売買は禁止されています)意図的ではなかったものの今まで飼っていた猫との間にメス猫が生まれ、その猫が父親猫との間に2匹の猫を生んだとこから始まります。一時中断しましたが、1975年にこのブリーダーはベンガルの繁殖を再開し、現在のベンガルはこの血統です。

ボンベイ

ボンベイは自然発生ではなく人間により作られたハイブリッド(雑種)猫です。アメリカ、ケンタッキー州、ルイビルに住むニッキー・ホーナー(16歳のときからブリーダー、ショーキャットの出展者として成功している女性)が自分のオリジナルの猫種(イメージ的にはインドのミニ黒ヒョウ)を作りたいと思い、1958年頃から当時彼女が飼っていたクロテンのバーミーズと黒のアメリカンショートヘアーを交配することから始めました。そして、十数年かけて彼女の理想とするボンベイが出来上がり、1976年、18年という長い年月をかけCFA Championshipを達成しました。名前のボンベイはインドの都市「ボンベイ」(現在のムンバイ=世界で最も人口の多い都市といわれています)にちなんでつけられました。

マンクス

マンクスの起源はマン島(グレートブリテン島とアイルランドに囲まれたアイリッシュ海の中央に位置する淡路島ほどの小さな島。首都はダグラス (Douglas) 。人口は約8万2000人。)ですがマン島にはもともと土着の猫はおらず、17世紀~18世紀に世界中の貿易船がマン島に立ちより猫を置いていったとされるのでどの国からきたのかは定かではありません。また尾のない猫は偶発突然変異で生まれましたがそれがマン島で起きたのか他の国で起きてマン島につれてこられたのかもわかりません。北アメリカでは1920年代に種類として認識されました。

マンチカン

短い肢をした猫は、1930年代に報告されていて、世界中で報告があります。1983年に、アメリカ、ルイジアナ州、レイビルの女性が2匹の妊娠した黒い短い肢をした野良猫を見つけました。彼女はその2匹を「オズの魔法使い」に出てくる「マンチカンランドの妖精」にちなんでマンチカン(マンチキン)と呼びました。そしてその猫が産んだ子猫の約半分が、短い肢で胴長の猫でした。これらの猫がマンチカン(マンチキン)種の基礎猫になりました。このようなショートレッグは小人症と呼ばれる自然発生的な突然変異により引き起こされます。これは人間を含む哺乳動物に起こります。短い足が奇形だと言われていた時期もありましたが、体の機能には何の障害もなく奇形でもないことも明らかになっています。

メインクーン

メインクーンの先祖はヨーロッパ人の移住民と共に北アメリカ、ニューイングランドに入ったと思われます。そこの気候は厳しく、強くて、適応できる猫だけが残り、そのような自然淘汰によりメインクイーンは大きく、密集した、耐水性のコートを持つ猫に発展していったと思われます。1800年代後半には、美しさ、大きさ、頭のよさ、穏やかな気質で人気を得ましたが、20世紀にはいるとペルシャ猫に人気を奪われ1950年代には絶滅したといわれていました。しかし、メインクーン愛好家により復活し1980年代には最も人気のある猫の1つになっています。名前はアメリカ合衆国のメイン州から来ていてメイン州の「州猫」になっています。ちなみにクーン(coon)とはアライグマの意味がありますが・・。

ヨーロピアンバーミーズ

ヨーロピアンバーミーズはビルマのお寺で飼われていた猫で、シャムネコが王家のペットになる前はヨーロピアンバーミーズが王家のペットでした。ヨーロピアンバーミーズとノースアメリカンバーミーズと2つの種類がありますが1949年に分かれました。2種類とも初期の歴史はほとんど同じです。1994年にCAFでノースアメリカンバーミーズとは別の種類として承認されました。

ラガマフィン

ラガマフィンの歴史は、ラッグドールと親密な関係にあります。ラッグドールは1960年代前半にアメリカ、カリフォルニア州のリバーサイドの故アン・ベイカーによって「ペルシャ」「バーマン」「メインクーン」などの交配により開発されました。そして、アンはInternational Ragdoll Cat Association (IRCA)を設立しラッグドールを商標登録したため、IRCA登録のブリーダーしかラッグドールという名を使うことができませんでした。そして彼女の作ったガイドラインに従い繁殖し、さらにブリーダーはそれらのラッグドールを販売したときには10%のロイヤリティーをIRCAに支払いました。ブリーダーの中にはこれらにに不満を持つ者達もいて彼らは1975年にIRCAと別れRFCIを設立しました。1993年同時に自分たちの猫をラガマフィンに改名しました。ラガマフィンとラッグドールは故アン・ベイカーが開発したオリジナルの血統からの子孫で似ていますが形態、気質など、違う品種です。