毎朝、ツイートされる星占いを見ていると
毎日、いろんなことが起きるみたいで面白い
それは私の日常?
パラレル・ワールドにいる誰かの明日?
いつか、占いに書かれたことを自分のことだと思い込んで
じっとしたまま日々を過ごす人の話を書いてみたい
パトリシア・ハイスミスという
もう亡くなってしまった作家がいる
アメリカ生まれで
ヨーロッパで評価された
「太陽がいっぱい」の原作者
といえば通りがいいのかな
映画で言えば
「アメリカの友人」の原作者でもある
厳密には
「アメリカの友人」と「贋作」を書いた作家
映画はふたつを合わせたもの
というパトリシア・ハイスミスの作品に
崩壊した家庭の主婦が
本当の私はこうじゃない
本当の私の家族はこんなじゃない
現実から逃げるために丹念に書き込んだ日記
という構造の作品がある
悲惨な現実が彼女にとっての日常なのか
想像の世界こそが彼女にとっての現実なのか
どっちが本当だってかまわない
自分が
こっちだ
って思ってれば
そっちが本当
だって本当のことなんて
一体誰が
本当に知ってるの?
自分の世界は自分のもの
だからこそ
人とかかわり合いたいと思ったら
相手の世界も尊重できる
気遣いあって
やっていける
本当の反対は嘘
ではないからね
相手の信じている幻想だって
自分が信じたいと思えば本当になる
同じ世界を
生きていける
だけど。
だけど命に関わる問題は
それも小さな子どもたちの
これから生まれる子どもたちの未来の
命に関わってくることとなると
話は断然、違ってくる
安全だとあなたが本気で信じているとしても
そこに
子どもの命がかかっているなら
それは
決して
本当に安全なんかじゃない
誰に保障できる?
あなたに守れる?
どうやって安全だと言い切れる?
フィクションとノンフィクションに境目はないのもしれないし
夢と現実の境界はあいまいかもしれない
だけど
人の心を殺すこと
自分の心を死なせること
子どもの未来をつぶすこと
誰に
許される?
せめて誤摩化すことをやめて
金のために日本の未来の子どもたちの命を売ったんだ
それくらい
言えばいい
言えないなら
そんなことしなきゃいい
子どもの未来のために豊かなエネルギーを
発展のためにエネルギーを
そんな嘘は
もういいよ
お金が欲しいなら
欲しいと言えばいい
本当のことを
言えばいい
言えないなら
あなたにとっての本当のことを
もう一度
考え直してみてほしい
毎日、いろんなことが起きるみたいで面白い
それは私の日常?
パラレル・ワールドにいる誰かの明日?
いつか、占いに書かれたことを自分のことだと思い込んで
じっとしたまま日々を過ごす人の話を書いてみたい
パトリシア・ハイスミスという
もう亡くなってしまった作家がいる
アメリカ生まれで
ヨーロッパで評価された
「太陽がいっぱい」の原作者
といえば通りがいいのかな
映画で言えば
「アメリカの友人」の原作者でもある
厳密には
「アメリカの友人」と「贋作」を書いた作家
映画はふたつを合わせたもの
というパトリシア・ハイスミスの作品に
崩壊した家庭の主婦が
本当の私はこうじゃない
本当の私の家族はこんなじゃない
現実から逃げるために丹念に書き込んだ日記
という構造の作品がある
悲惨な現実が彼女にとっての日常なのか
想像の世界こそが彼女にとっての現実なのか
どっちが本当だってかまわない
自分が
こっちだ
って思ってれば
そっちが本当
だって本当のことなんて
一体誰が
本当に知ってるの?
自分の世界は自分のもの
だからこそ
人とかかわり合いたいと思ったら
相手の世界も尊重できる
気遣いあって
やっていける
本当の反対は嘘
ではないからね
相手の信じている幻想だって
自分が信じたいと思えば本当になる
同じ世界を
生きていける
だけど。
だけど命に関わる問題は
それも小さな子どもたちの
これから生まれる子どもたちの未来の
命に関わってくることとなると
話は断然、違ってくる
安全だとあなたが本気で信じているとしても
そこに
子どもの命がかかっているなら
それは
決して
本当に安全なんかじゃない
誰に保障できる?
あなたに守れる?
どうやって安全だと言い切れる?
フィクションとノンフィクションに境目はないのもしれないし
夢と現実の境界はあいまいかもしれない
だけど
人の心を殺すこと
自分の心を死なせること
子どもの未来をつぶすこと
誰に
許される?
せめて誤摩化すことをやめて
金のために日本の未来の子どもたちの命を売ったんだ
それくらい
言えばいい
言えないなら
そんなことしなきゃいい
子どもの未来のために豊かなエネルギーを
発展のためにエネルギーを
そんな嘘は
もういいよ
お金が欲しいなら
欲しいと言えばいい
本当のことを
言えばいい
言えないなら
あなたにとっての本当のことを
もう一度
考え直してみてほしい