気分が沈むカウントダウン | 2025 中学受験に向けて

2025 中学受験に向けて

2024年1月現在・小学5年生の娘の中学受験までの学習、活動などを綴っていきたいと思います。SAPIX には新2年生から通塾中。

地震が起こると、縦揺れから横揺れが始まるまでの時間をカウントし、震源地までの距離を測る癖が染み付いています。
P波: ....ビビビビブルブルブルブルブルブルブルガタガタガタ 縦波 秒速7km
・S波: ….ぐら~ん、ぐら~ん・・・ 大きな横揺れ 秒速4km

ゆれの強さ、建物の揺れに対する反応の強さによって、P波を感じ取れるタイミングの正確さも変わるのですが、
震源地から300kmくらい離れていると、30秒弱のズレでP波の後にS波がやってきます。
P波が届くまで: 43秒
S波が届くまで: 75秒
差分:32秒

といっても、地震計ではないのであまりにも繊細な初動はわかりません。
能登地震が発生したときは大阪のとある場所にいましたが、「地震かな?」と気づいてからS波が始まるまでは20秒弱の体感時間でした。
そこから約300kmだと、石川、富山、長野、静岡、静岡沖あたりが該当します。
(東京にいる場合だと、S波とP波の切り替わり体感時間が20-25秒弱あるとしたら仙台、新潟沖、石川あたりが自宅から約300kmになります。)

阪神大震災、東日本大震災の経験から、
P波(縦揺れ)が長く、かなり遅れて(20-30秒)S波(横揺れ)がやってきて、その横揺れが大きい場合、
地震エネルギーが極めて大きく、遠方の地(東北・北陸など)で大災害が起こっている可能性が高い。
と学びました。

毎回計算しているわけではありません。
地震が多発している北陸、東北と、自宅のある東京の距離と横揺れが始まるまでの時間を考えると、そうなるのです。

1・・2・・3・・・。
冷静にカウントしているように見えますか?

内心はそうではありません。

自分がいる場所も震度3−4くらいでかなり揺れています。
しかし、その場の揺れの大きさに驚く以上に、
「震源地からこれだけ遠い場所でこれだけ大きく揺れているということは・・・遠くの震源地付近は震度6以上だな・・・マグニチュードも6、7を超えてくるのではないか?」
ということが頭によぎって、ニュース速報を見る前から大災害の地獄絵図が頭に浮かんできて重い気分になっています・・ショボーン
・・・一般的には、地震の大きさに驚き、震源地をニュースで確認して心配する・・という流れだと思います。
しかし、私はS波までの時間をカウントすることで嫌な予感しかなくて気が滅入ってます。

P波、S波の始まりから数えてかなり長い時間が経っているのに、大きな波に揺られているような横揺れがなかなかおさまらない時は例外なく大災害になりました。
東日本大震災の時は、阪神大震災の長田区の大火災がすぐに頭に浮かびましたし(実際には火災よりも津波でそのイメージを超える大惨事に)。

今回の地震も、震源地がもう少し海の沖合で大津波を発生させるような場所で起こっていたら、あるいは、人口密度の高い都市部の直下だったら、さらに被害が拡大していたのではないかと思います。
もちろん、身内を亡くされた方にとっては、被害の全体像の大きさよりも自分たちが被災したことが問題なのですが・・・。


一方、揺れが大きくても、PーSの時間差が短い場合、地震の規模としては大したことはないので、被害はそれほど心配していません。
該当するのが、千葉、茨城あたりで震源地になるケース。数秒から10秒程度で横揺れがやってきますが、東京が震度4程度だったとしても震源地付近の被害もそれほど大きいものではないです。
ものが落ちて割れたとか、そういうのはたくさんあるでしょうけど。



そんな中で昨日のJALと海保の事故。
救援活動のために出動して亡くなられた方が出たのは非常に残念で・・、ご冥福をお祈りする次第です。
一方で、JALの乗員乗客が全て助かったことは素晴らしいと思います。
1985年の御巣鷹山の事故を忘れることなく、当時を知る人のほとんどがもう定年を迎えているのでしょうけど、会社として完璧な事故マニュアルを備え、若い人たちがその事故の記憶に対して当事者意識をもって向き合い、訓練を積んでいたことの何よりの表れだと思います。機内からの脱出が遅れていたら犠牲者が出ていてもおかしくない事故です。

ところで、あまりニュースなどで話題にされないことですが、ペットは貨物として扱われています。
帰省に合わせて一緒に連れ帰っている人もたくさんいたのではないでしょうか。
おそらく、事故の犠牲になったであろう乗客の家族(犬・猫)についても追悼の意を表しておきたいと思います。



・・・

JALの対応と同様に、能登地震の速報ニュースでのアナウンサーの怒声も素晴らしい対応だと思いました。
事故や災害を教訓に、歴史から学ぶという意識の表れですね。
「昔のことだから関係ない」という意識が働いていたらこういう対応はできていません。


一つ、相当に強い口調で異常を知らせなければいけないな、と感じたエピソードがあります。
大阪で揺れを感知している時、近くにいた年寄り(義両親)が全く地震に気づいていないのです。
最初のP波、縦揺れはもちろん全く気づかず、横揺れが大きくなり始めてやっと「揺れてる?・・・あー、結構揺れてるわぁ・・・」
おそらく、体感震度は -2 くらいになっているのでしょうかね?
若い人が震度3−4だと感じる地震でも、震度1、2くらいにしか感じ取れていないような雰囲気です。
震度5、6のレベルであればすぐに気づくのかもしれませんが・・・、気づく遅さだけではなく、それによって起こるその後の災害への意識も鈍くなっているのでしょうね。
火事とか、津波とか・・・。
近くにいる人が本気で怒鳴って追い立てようとしても、「はぁ?」くらいの反応を示すわけですから、もっと危機感を煽らないとダメなのだな、と改めて思いました。


「実家に帰っている時だったから、両親を助けられた」というニュースもありました。
うちの実家は狭い木造住宅で、狭い部屋に背の高いタンスを置いていたり、高い場所にガラスケースに入った人形を置いています。
大地震が直撃したら確実に潰されたり、割れたガラスで大怪我をします。
災害リスクヘッジの観点から、私はなるべく実家に帰りたくないですね・・・親を助ける前に自分が助からない ^^;