「北九州市ふるさとかるた」いよいよ完成!!
16日は・・・
今年最後の行政関連の公務でした。
北九州市にぎわいつくり懇話会市民活動推進委員会へ。
自分はこの委員会の副委員長を仰せつかっています。
でもJC行事が重なることが多くて
まともに会議に参加できずの一年でしたが
久々に顔を出すことができました。
まずは貞包委員長の挨拶。
貞包先輩は1996年度北九州JCの専務理事。
北九州JCの先輩方はあらゆる方面で活躍しています。
外に出れば出るほどそれがよく分かった一年でした。
そして、この市民活動推進委員会の目玉事業である
「北九州市ふるさとかるた」もいよいよ完成へ!
http://lets-city.jp/karuta/index.html
おかげさまで4400句以上の詠み句が
全国各地から集まり、厳正なる審査の上で詠み句を選定。
http://lets-city.jp/know/newsletter/announcement/001812.html
尚、この事業は・・・
2007年当時の北九州JCが行った「恋文俳句」事業が派生したもの。
当時のHPはこちら↓↓
http://www.kitakyushu-jc.jp/2007/modules/tinyd3/index.php?id=24
当時、私はこの「恋文俳句」事業の担当副理事長。
事業を考案した石川委員長(来年は副理事長)や委員会メンバー、
松永室長(本年は副理事長)らと
「いつか、市民の故郷への想いを綴ったかるたを作りたいよね~」
と夢と熱い想いを語り合ったのをよく覚えております。
「恋文俳句」事業終了後に、皆で行政や関係者に相談しまくって
最終的に、北九州市にぎわいつくり懇話会がその想いを引き継ぐことになり・・
あれから丸々2年が経ちました。
それで、あのとき描いた夢が実現するわけですからね。
こりゃ凄いこと。
JCは単年度システムですが、想いを持って周りを巻き込み、
創意工夫をすれば、最初に植えた種は間違いなく花を開きます。
目の前にその良い実例があるからよく分かるかと思います。
ただし、花を開かせるためには
JC目線からの、ひとりよがりな事業構築は禁物。
事業の背景目的を市民や社会のニーズとマッチさせることが大事。
そして家族でも分かるようなシンプルな言葉で
その事業趣旨の説明が出来るようにしておくことも大切。
ちなみに、次年度以降は市内の各小学校に配布できるように
北九州市の予算編成にもしっかり組み込んでもらっているそうです。
そしてこの「北九州市ふるさとかるた」事業でも
北九州JCの先輩にお世話になりました。
重松先輩(1998年度北九州JC専務理事)が、
中心となって動いてくれたからこそここまで辿り着くことが出来ました。
有難うございました。
「北九州市ふるさとかるた」の
詳細な内容はまだ発表できませんが、
なかなかの出来栄えです。
その完成を記念して・・・
2月20日には小倉城庭園にてお披露目かるた大会を開催します。
是非お時間のある方は足を運んでみてください。
夜は絆友会(2002年度北九州JCアカデミー室同窓会)へ。
皆さんから卒業のお祝いを頂きました。有難うございました。
今日は午後から今年度最後の
福岡ブロック協議会会員会議所です。
少しずつ少しずつ・・・
2009年度が終わっていっています。
今年最後の行政関連の公務でした。
北九州市にぎわいつくり懇話会市民活動推進委員会へ。
自分はこの委員会の副委員長を仰せつかっています。
でもJC行事が重なることが多くて
まともに会議に参加できずの一年でしたが
久々に顔を出すことができました。
まずは貞包委員長の挨拶。
貞包先輩は1996年度北九州JCの専務理事。
北九州JCの先輩方はあらゆる方面で活躍しています。
外に出れば出るほどそれがよく分かった一年でした。
そして、この市民活動推進委員会の目玉事業である
「北九州市ふるさとかるた」もいよいよ完成へ!
http://lets-city.jp/karuta/index.html
おかげさまで4400句以上の詠み句が
全国各地から集まり、厳正なる審査の上で詠み句を選定。
http://lets-city.jp/know/newsletter/announcement/001812.html
尚、この事業は・・・
2007年当時の北九州JCが行った「恋文俳句」事業が派生したもの。
当時のHPはこちら↓↓
http://www.kitakyushu-jc.jp/2007/modules/tinyd3/index.php?id=24
当時、私はこの「恋文俳句」事業の担当副理事長。
事業を考案した石川委員長(来年は副理事長)や委員会メンバー、
松永室長(本年は副理事長)らと
「いつか、市民の故郷への想いを綴ったかるたを作りたいよね~」
と夢と熱い想いを語り合ったのをよく覚えております。
「恋文俳句」事業終了後に、皆で行政や関係者に相談しまくって
最終的に、北九州市にぎわいつくり懇話会がその想いを引き継ぐことになり・・
あれから丸々2年が経ちました。
それで、あのとき描いた夢が実現するわけですからね。
こりゃ凄いこと。
JCは単年度システムですが、想いを持って周りを巻き込み、
創意工夫をすれば、最初に植えた種は間違いなく花を開きます。
目の前にその良い実例があるからよく分かるかと思います。
ただし、花を開かせるためには
JC目線からの、ひとりよがりな事業構築は禁物。
事業の背景目的を市民や社会のニーズとマッチさせることが大事。
そして家族でも分かるようなシンプルな言葉で
その事業趣旨の説明が出来るようにしておくことも大切。
ちなみに、次年度以降は市内の各小学校に配布できるように
北九州市の予算編成にもしっかり組み込んでもらっているそうです。
そしてこの「北九州市ふるさとかるた」事業でも
北九州JCの先輩にお世話になりました。
重松先輩(1998年度北九州JC専務理事)が、
中心となって動いてくれたからこそここまで辿り着くことが出来ました。
有難うございました。
「北九州市ふるさとかるた」の
詳細な内容はまだ発表できませんが、
なかなかの出来栄えです。
その完成を記念して・・・
2月20日には小倉城庭園にてお披露目かるた大会を開催します。
是非お時間のある方は足を運んでみてください。
夜は絆友会(2002年度北九州JCアカデミー室同窓会)へ。
皆さんから卒業のお祝いを頂きました。有難うございました。
今日は午後から今年度最後の
福岡ブロック協議会会員会議所です。
少しずつ少しずつ・・・
2009年度が終わっていっています。
2009年度社団法人北九州青年会議所 事業報告
1年間、LOMが歩んだ軌跡を整理しようと
2009年度北九州JCの事業報告書を作ってみました。
※既に12月度例会や歴代理事長会議などで配布済資料ではあります。
まあ、これに記載出来てない事業や会議など山ほどありますが
紙面スペースの都合上、このような報告書になったことご理解下さい。
コレを見ると・・・それにしてもまあ、
皆がよく動き回った1年間だったなあとシミジミ思いますね。
ということで・・・
せっかく作ったので、JPEGデータにしてサーバーから落とせるように設定。
2009年度社団法人北九州青年会議所 事業報告
例えば、次年度の活動をしていく中で、
北九州JCという組織を外部に紹介していく場面などで、
説明する際の資料として使うなど、
LOM活動の一助になればいいなあと勝手ながら思っております。
まあ、ご興味のある方は是非ダウンロードしてみてください。
そして15日は・・・
2012年度日本JC全国会員大会の
シニアファンクションに向けての(日本JCシニアクラブ関連)
関係者会議でした。
情報を持ち寄ってシニア関連で、3年間やるべき仕事を整理しました。
いやはや、ボリューム結構あります。
うむむ、兜の緒を締めなれけばなりませんね。
でも逆に、やる気が漲ってきました(笑)
卒業気分から一転。
まだ燃え尽きるわけいませんな。
12月も中盤へ突入・・・
10日 2010年度理事予定者会議(JC事務局)
11日 福岡ブロック協議会第一エリア新現交歓会(行橋)
12日 日本JC理事会(東京)
13日 塚本美由紀(旧姓は原美由紀)君披露宴参加(大牟田)
14日 アポロ44号(44年生会)追い出しパーティ(リーガロイヤルホテル小倉)
昨晩は多くのLOMメンバーに、
44年会一同しっかり追い出してもらいました。
あの大掛かりな設営は準備が大変だったと思いますが・・・
それだけに、45年会の皆さんの気持ちはしっかりと伝わりました。
ほんと有難うございました。
とまあ、12月卒業例会は終わりましたが、
日々の公務はまだまだ続いてます・・
今日もこれから全国会員大会に向けての関係者会議。
そして夜はお世話になったJCの先輩方とともに
私の卒業祝いを兼ねた忘年会です。。。
上記画像は日本JC会館会頭室にて安里会頭とツーショット。
12日、日本JCの今年度最後の理事会の休憩中・・・
会頭から「会議が終わったら会頭室に来て!」とのこと。
1年間の労をねぎらってもらうと同時に
直筆メッセージ付プライドブックを頂きました。
「松尾理事長!!一年間ほんとお疲れ様そして有難う」
とにかく自分なりに全力で駆け抜けた2009年でしたが、
最後に、安里会頭から直々言葉を貰えたのは
やっぱり、嬉しかったですね。
ちなみに・・・
その翌日には、当LOMメンバーで
今年度は会頭セクレタリーとして
出向してくれた塚本君の結婚披露宴へ。
安里会頭がなんと!!
塚本君のために披露宴の総合司会を担当してくれました。
自分も新婦側の主賓挨拶という大役を務めさせていただきました。
「松尾理事長~!俺!京都会議の所信挨拶より緊張しとるよ~(涙)」
って多少焦って言いながらも、
なんだかんだその司会役を
楽しんでいる会頭の姿が印象的でした。
そして司会アシスタント役として会場内を走り回っていた
浦福岡ブロック会長もその役職を存分に楽しんでいる様子。
皆さん、当LOMメンバーのために本当にありがとうございました。
ということで塚本美由紀君!!
挨拶でも述べましたが・・・
これだけの人たちを自然に動かしてしまうのは
あなたの特殊能力であり、人としての魅力そのものでしょう。
そんなあなたのような逸材が大牟田へ行ってしまうのは
理事長としては非常に惜しいというのが正直な気持ちですが・・・
あなたなら間違いなく良き妻、良き母、良き嫁として
新郎和弘君をしっかりと支えていくことでしょう。
披露宴のときに見せたあの最高の笑みを忘れることなく。
笑う門には福来る!末永く末永くお幸せに~!!
12月卒業例会が終了しました
9日は2009年度12月度例会・卒業式・褒賞授与式でした。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10407636646.html
これでひとまずLOMの事業は全て終了。
とにかく前を向いて止まらず、突っ走った一年間でしたね。
思い起こせば、楽しかったこと、大変だったこと、
まあ、いろんなことがありましたが、
一年間多くの皆様方の支えがあって、後押しがあって
笑顔でこの日を迎えることが出来たと思います。
感謝感謝感謝感謝感謝感謝・・・
何度言っても足りませんが・・・
本当にお世話になりました。
本当に本当に有難うございました。
とはいえ、まだまだ12月31日まで
今年度は残っております。
一部委員会は報告書作成などの
作業がしっかりあります。
また今日も第一エリア新旧交歓会、
明日は日本JC理事会、その翌日以降も・・・
次年度チームも日々、遅くまで会議が開催されています。
年内最後まで気を引き締めて宜しくお願いいたします。
↑卒業生パフォーマンス練習風景、みんな真剣。
それとアポロ44号、総勢49名の卒業生の皆様!!
JCご卒業おめでとうございました。
まあそういう自分も卒業生ですが・・・(笑)
直前理事長としてあと一年、LOMに残ることになります。
やっと卒業出来ると思ってる方、まだまだJCでガツガツやりたいと思う方、
色々いるかと思いますが、49名のすべての皆さんの代表として、
後輩にその想いを伝えていく役割をしっかり果たしていきたいと思います。
これからもLOMの運動を推進していく上で、ご指導のほど宜しくです!!
それと皆様と一緒に、あの卒業生パフォーマンスが出来た事を
誇りに思っております。歴代理事長の先輩方からも大絶賛でした。
最高の思い出となりました。
←懇親会挨拶風景
とここで、せっかくなので懇親会での
理事長挨拶の内容を記憶をたどりながらここに綴ってみました。
実質、オフィシャルな場での最後の理事長挨拶ですので。
直前まで何を話そうか悩んだんですが、
やはり自分が一年間理事長として、
運動を推進していった上で純粋に思った気持ちを伝えたくて、
あんな内容にしました。
一部、冒頭部分は削除、
内容の説明が必要なところはちょっと補足しています。
12月卒業例会懇親会 理事長挨拶
(冒頭削除)
1901年、欧米列強に負けない国づくりのために
政府の富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、
国民の富がすべて集められ、
わがまちに東洋一の製鉄所官営八幡製鐵所が操業。
その後、4大工業地帯のひとつとして
重化学工業を中心に大きく発展。
私たちのまちから生まれた
鉄やガラスやセメントがやがて
レールとなって鉄道へ変わり、
車や飛行機となって人を運び、
ビルとなって全国の近代都市を形作っていった。
その負の代償として、ひどい公害が発生。
それを何とかしたいと市民が立ち上がり、
やがて産学官民、すべての人たちを巻き込んだ
大きなうねりとなって奇跡の克服。
当時、〝世紀の大実験〟とまで言われた
世界で前例の無かった五市対等合併の実現。
今では当たり前になった市町村合併の先進例としても
地方自立の先進モデルとなりました。
鉄冷えによる都市の衰退と
産業構造の転換による都市の再生。
世界の環境首都を目指す現在の姿。。。。。
何の脈絡のない私たちのまちの歴史のひとつひとつ。
これを点として一本の線で、結んでみると・・
過去から未来へと続く、このまちの物語が今年見えてきました。
それは、私たちのじいちゃん、ばあちゃん、
ひいじいちゃん、ひいばあちゃんたち、先人たちが
時代を切り開いていくために、未来のためにと
歯を食いしばって、流したたくさんの汗と涙が、
やがて、このまちの肥やしとなって、
この豊かな国を作っていったという物語。
それは簡単に言うと、このまち歩んできた、苦難の歴史は、
日本という国家が、近代国家として歩んできた道のりそのものということ。
そして、その物語は、今年のLOMの運動を通して、
全国会員大会の誘致運動を通して
まちを深く深く掘り起こしたときに
見つけることが出来た私たちにとって最高の宝物でした。
今年、そんな宝物を探しながら・・・
私はこのまちの歴史を知り、先人たちの生き様を感じるほど、
このまちがどんどん好きになりました。
同時に、今まで、私の胸の中に隠してあった、
今まで人に言えなかった、
このまちに生まれ育ったというある種のコンプレックス。
それがプライドへと変わっていきました。
だからこそ、最後に私言いたいのです。
「俺たちの町はスゲ~!北九州はスゲ~!」って。
子供たちに伝えていきたいんです。
「お前の生まれたまちは、日本一誇れるまち」だって。
皆さんに伝えておきたいのです。
「こんなスゲーをまち、誇らしいまちを舞台に、
まちづくりが思う存分に出来る北九州JCは幸せもんだ」って。
今年、全国会員大会主管決定という大きな一歩を示すことができました。
しかしそれ以上に私たちは大切な宝物を見つけることが出来た。
それを決して忘れることなく。
それを理事長として、皆様に送る最後のメッセージにしたいと思います。
今日まで一年間、このLOMを支えていただき本当に有難うございました。
心より深く深く御礼申し上げて、私の挨拶に変えさせて頂きます。
本当にありがとうございました!!
↑OTONANOSENAKA推進委員会より44年会へ卒業祝いの紅白餅を頂きました。
LOMメンバーと共に、田植えをして、草抜き、稲刈り、餅つきをして
出来ただけに、なんか食べるのがもったいない気分ですね。
卒業生のひとりとして深く感謝申し上げます。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10407636646.html
これでひとまずLOMの事業は全て終了。
とにかく前を向いて止まらず、突っ走った一年間でしたね。
思い起こせば、楽しかったこと、大変だったこと、
まあ、いろんなことがありましたが、
一年間多くの皆様方の支えがあって、後押しがあって
笑顔でこの日を迎えることが出来たと思います。
感謝感謝感謝感謝感謝感謝・・・
何度言っても足りませんが・・・
本当にお世話になりました。
本当に本当に有難うございました。
とはいえ、まだまだ12月31日まで
今年度は残っております。
一部委員会は報告書作成などの
作業がしっかりあります。
また今日も第一エリア新旧交歓会、
明日は日本JC理事会、その翌日以降も・・・
次年度チームも日々、遅くまで会議が開催されています。
年内最後まで気を引き締めて宜しくお願いいたします。
↑卒業生パフォーマンス練習風景、みんな真剣。
それとアポロ44号、総勢49名の卒業生の皆様!!
JCご卒業おめでとうございました。
まあそういう自分も卒業生ですが・・・(笑)
直前理事長としてあと一年、LOMに残ることになります。
やっと卒業出来ると思ってる方、まだまだJCでガツガツやりたいと思う方、
色々いるかと思いますが、49名のすべての皆さんの代表として、
後輩にその想いを伝えていく役割をしっかり果たしていきたいと思います。
これからもLOMの運動を推進していく上で、ご指導のほど宜しくです!!
それと皆様と一緒に、あの卒業生パフォーマンスが出来た事を
誇りに思っております。歴代理事長の先輩方からも大絶賛でした。
最高の思い出となりました。
←懇親会挨拶風景とここで、せっかくなので懇親会での
理事長挨拶の内容を記憶をたどりながらここに綴ってみました。
実質、オフィシャルな場での最後の理事長挨拶ですので。
直前まで何を話そうか悩んだんですが、
やはり自分が一年間理事長として、
運動を推進していった上で純粋に思った気持ちを伝えたくて、
あんな内容にしました。
一部、冒頭部分は削除、
内容の説明が必要なところはちょっと補足しています。
12月卒業例会懇親会 理事長挨拶
(冒頭削除)
1901年、欧米列強に負けない国づくりのために
政府の富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、
国民の富がすべて集められ、
わがまちに東洋一の製鉄所官営八幡製鐵所が操業。
その後、4大工業地帯のひとつとして
重化学工業を中心に大きく発展。
私たちのまちから生まれた
鉄やガラスやセメントがやがて
レールとなって鉄道へ変わり、
車や飛行機となって人を運び、
ビルとなって全国の近代都市を形作っていった。
その負の代償として、ひどい公害が発生。
それを何とかしたいと市民が立ち上がり、
やがて産学官民、すべての人たちを巻き込んだ
大きなうねりとなって奇跡の克服。
当時、〝世紀の大実験〟とまで言われた
世界で前例の無かった五市対等合併の実現。
今では当たり前になった市町村合併の先進例としても
地方自立の先進モデルとなりました。
鉄冷えによる都市の衰退と
産業構造の転換による都市の再生。
世界の環境首都を目指す現在の姿。。。。。
何の脈絡のない私たちのまちの歴史のひとつひとつ。
これを点として一本の線で、結んでみると・・
過去から未来へと続く、このまちの物語が今年見えてきました。
それは、私たちのじいちゃん、ばあちゃん、
ひいじいちゃん、ひいばあちゃんたち、先人たちが
時代を切り開いていくために、未来のためにと
歯を食いしばって、流したたくさんの汗と涙が、
やがて、このまちの肥やしとなって、
この豊かな国を作っていったという物語。
それは簡単に言うと、このまち歩んできた、苦難の歴史は、
日本という国家が、近代国家として歩んできた道のりそのものということ。
そして、その物語は、今年のLOMの運動を通して、
全国会員大会の誘致運動を通して
まちを深く深く掘り起こしたときに
見つけることが出来た私たちにとって最高の宝物でした。
今年、そんな宝物を探しながら・・・
私はこのまちの歴史を知り、先人たちの生き様を感じるほど、
このまちがどんどん好きになりました。
同時に、今まで、私の胸の中に隠してあった、
今まで人に言えなかった、
このまちに生まれ育ったというある種のコンプレックス。
それがプライドへと変わっていきました。
だからこそ、最後に私言いたいのです。
「俺たちの町はスゲ~!北九州はスゲ~!」って。
子供たちに伝えていきたいんです。
「お前の生まれたまちは、日本一誇れるまち」だって。
皆さんに伝えておきたいのです。
「こんなスゲーをまち、誇らしいまちを舞台に、
まちづくりが思う存分に出来る北九州JCは幸せもんだ」って。
今年、全国会員大会主管決定という大きな一歩を示すことができました。
しかしそれ以上に私たちは大切な宝物を見つけることが出来た。
それを決して忘れることなく。
それを理事長として、皆様に送る最後のメッセージにしたいと思います。
今日まで一年間、このLOMを支えていただき本当に有難うございました。
心より深く深く御礼申し上げて、私の挨拶に変えさせて頂きます。
本当にありがとうございました!!
↑OTONANOSENAKA推進委員会より44年会へ卒業祝いの紅白餅を頂きました。
LOMメンバーと共に、田植えをして、草抜き、稲刈り、餅つきをして
出来ただけに、なんか食べるのがもったいない気分ですね。
卒業生のひとりとして深く感謝申し上げます。
積木の箱 審査会ほかもろもろ。
12月になりましたが
相変わらずの公務で
慌しい日々を過ごしています。
6日は実質、最後のLOM事業である
OTONAの米作り~餅つき編~へ。
豊かな自然の恵みに・・・
卒業生に・・・担当委員会メンバーやJAの皆様に・・・
感謝の気持ちを込めて参加。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10405097088.html
田植えの事業前から、我々に見えないところで
準備に管理に事業の設営に大変だったと思います。
井上委員長そして委員会メンバーの皆さん、ほんとお疲れ様でした!
特に瓜生君!あなたのおかげで無事にここまでこれました。ありがとう。
そしてわれらがNW北九州の昇格祝パレードへ。
えらく寒い日でしたが、
多くの市民が駆けつけていました。
ファンの熱気はすごい!
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10405123791.html
今までの北九州市の歴史の中でも
こういう風景ってほとんどなかったのでは。
プロスポーツチームがまちに出来るというのは
こういうことなんですね。と実感。
この会場では役所やマスコミの方々が沢山来ていましたが
皆の話題は、新スタジアムの建設場所。
来年3月までには市が発表するそうですが・・
何処になるのか。。。。
そして、7日は朝早くから夕方近くまで
公益信託基金「積木の箱」の審査会。
公平に、厳しく、審査をするのは、当然ですが、
同時に、子どもたちのために
志を持って、活発に地域活動をしている
方々が沢山いることを知る驚きと
刺激をもらえる良い機会となりました。
尚、積木の箱については以前、ブログでも書いてますので
そちらを参照あれ・・・
http://ameblo.jp/catalyst09/entry-10200624569.html
そして、その後は色々と引継ぎ打ち合わせ。
44年会のパフォーマンス。もろもろ。
そして、今日は北九州JCシニアクラブの世話人会。
その後は、歴代理事長会議。
昨年は理事長予定者として
ズラリと並ぶ歴代理事長の前で挨拶をする機会を頂き
ドえらく緊張したのを覚えております。
いや今日も緊張することでしょうな。
明日はいよいよ、12月例会+卒業式+褒賞授与式。
小野次年度理事長予定者に
リースを渡す日がやってまいりました。
飯野直前理事長より、リースと理事長バッチを渡してもらったとき、
ずしりと感じたあの重みを一生忘れることはありません。
あれから一年が経ったんやなあ・・・。
相変わらずの公務で
慌しい日々を過ごしています。
6日は実質、最後のLOM事業である
OTONAの米作り~餅つき編~へ。
豊かな自然の恵みに・・・
卒業生に・・・担当委員会メンバーやJAの皆様に・・・
感謝の気持ちを込めて参加。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10405097088.html
田植えの事業前から、我々に見えないところで
準備に管理に事業の設営に大変だったと思います。
井上委員長そして委員会メンバーの皆さん、ほんとお疲れ様でした!
特に瓜生君!あなたのおかげで無事にここまでこれました。ありがとう。
そしてわれらがNW北九州の昇格祝パレードへ。
えらく寒い日でしたが、
多くの市民が駆けつけていました。
ファンの熱気はすごい!
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10405123791.html
今までの北九州市の歴史の中でも
こういう風景ってほとんどなかったのでは。
プロスポーツチームがまちに出来るというのは
こういうことなんですね。と実感。
この会場では役所やマスコミの方々が沢山来ていましたが
皆の話題は、新スタジアムの建設場所。
来年3月までには市が発表するそうですが・・
何処になるのか。。。。
そして、7日は朝早くから夕方近くまで
公益信託基金「積木の箱」の審査会。
公平に、厳しく、審査をするのは、当然ですが、
同時に、子どもたちのために
志を持って、活発に地域活動をしている
方々が沢山いることを知る驚きと
刺激をもらえる良い機会となりました。
尚、積木の箱については以前、ブログでも書いてますので
そちらを参照あれ・・・
http://ameblo.jp/catalyst09/entry-10200624569.html
そして、その後は色々と引継ぎ打ち合わせ。
44年会のパフォーマンス。もろもろ。
そして、今日は北九州JCシニアクラブの世話人会。
その後は、歴代理事長会議。
昨年は理事長予定者として
ズラリと並ぶ歴代理事長の前で挨拶をする機会を頂き
ドえらく緊張したのを覚えております。
いや今日も緊張することでしょうな。
明日はいよいよ、12月例会+卒業式+褒賞授与式。
小野次年度理事長予定者に
リースを渡す日がやってまいりました。
飯野直前理事長より、リースと理事長バッチを渡してもらったとき、
ずしりと感じたあの重みを一生忘れることはありません。
あれから一年が経ったんやなあ・・・。