12月卒業例会が終了しました
9日は2009年度12月度例会・卒業式・褒賞授与式でした。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10407636646.html
これでひとまずLOMの事業は全て終了。
とにかく前を向いて止まらず、突っ走った一年間でしたね。
思い起こせば、楽しかったこと、大変だったこと、
まあ、いろんなことがありましたが、
一年間多くの皆様方の支えがあって、後押しがあって
笑顔でこの日を迎えることが出来たと思います。
感謝感謝感謝感謝感謝感謝・・・
何度言っても足りませんが・・・
本当にお世話になりました。
本当に本当に有難うございました。
とはいえ、まだまだ12月31日まで
今年度は残っております。
一部委員会は報告書作成などの
作業がしっかりあります。
また今日も第一エリア新旧交歓会、
明日は日本JC理事会、その翌日以降も・・・
次年度チームも日々、遅くまで会議が開催されています。
年内最後まで気を引き締めて宜しくお願いいたします。
↑卒業生パフォーマンス練習風景、みんな真剣。
それとアポロ44号、総勢49名の卒業生の皆様!!
JCご卒業おめでとうございました。
まあそういう自分も卒業生ですが・・・(笑)
直前理事長としてあと一年、LOMに残ることになります。
やっと卒業出来ると思ってる方、まだまだJCでガツガツやりたいと思う方、
色々いるかと思いますが、49名のすべての皆さんの代表として、
後輩にその想いを伝えていく役割をしっかり果たしていきたいと思います。
これからもLOMの運動を推進していく上で、ご指導のほど宜しくです!!
それと皆様と一緒に、あの卒業生パフォーマンスが出来た事を
誇りに思っております。歴代理事長の先輩方からも大絶賛でした。
最高の思い出となりました。
←懇親会挨拶風景
とここで、せっかくなので懇親会での
理事長挨拶の内容を記憶をたどりながらここに綴ってみました。
実質、オフィシャルな場での最後の理事長挨拶ですので。
直前まで何を話そうか悩んだんですが、
やはり自分が一年間理事長として、
運動を推進していった上で純粋に思った気持ちを伝えたくて、
あんな内容にしました。
一部、冒頭部分は削除、
内容の説明が必要なところはちょっと補足しています。
12月卒業例会懇親会 理事長挨拶
(冒頭削除)
1901年、欧米列強に負けない国づくりのために
政府の富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、
国民の富がすべて集められ、
わがまちに東洋一の製鉄所官営八幡製鐵所が操業。
その後、4大工業地帯のひとつとして
重化学工業を中心に大きく発展。
私たちのまちから生まれた
鉄やガラスやセメントがやがて
レールとなって鉄道へ変わり、
車や飛行機となって人を運び、
ビルとなって全国の近代都市を形作っていった。
その負の代償として、ひどい公害が発生。
それを何とかしたいと市民が立ち上がり、
やがて産学官民、すべての人たちを巻き込んだ
大きなうねりとなって奇跡の克服。
当時、〝世紀の大実験〟とまで言われた
世界で前例の無かった五市対等合併の実現。
今では当たり前になった市町村合併の先進例としても
地方自立の先進モデルとなりました。
鉄冷えによる都市の衰退と
産業構造の転換による都市の再生。
世界の環境首都を目指す現在の姿。。。。。
何の脈絡のない私たちのまちの歴史のひとつひとつ。
これを点として一本の線で、結んでみると・・
過去から未来へと続く、このまちの物語が今年見えてきました。
それは、私たちのじいちゃん、ばあちゃん、
ひいじいちゃん、ひいばあちゃんたち、先人たちが
時代を切り開いていくために、未来のためにと
歯を食いしばって、流したたくさんの汗と涙が、
やがて、このまちの肥やしとなって、
この豊かな国を作っていったという物語。
それは簡単に言うと、このまち歩んできた、苦難の歴史は、
日本という国家が、近代国家として歩んできた道のりそのものということ。
そして、その物語は、今年のLOMの運動を通して、
全国会員大会の誘致運動を通して
まちを深く深く掘り起こしたときに
見つけることが出来た私たちにとって最高の宝物でした。
今年、そんな宝物を探しながら・・・
私はこのまちの歴史を知り、先人たちの生き様を感じるほど、
このまちがどんどん好きになりました。
同時に、今まで、私の胸の中に隠してあった、
今まで人に言えなかった、
このまちに生まれ育ったというある種のコンプレックス。
それがプライドへと変わっていきました。
だからこそ、最後に私言いたいのです。
「俺たちの町はスゲ~!北九州はスゲ~!」って。
子供たちに伝えていきたいんです。
「お前の生まれたまちは、日本一誇れるまち」だって。
皆さんに伝えておきたいのです。
「こんなスゲーをまち、誇らしいまちを舞台に、
まちづくりが思う存分に出来る北九州JCは幸せもんだ」って。
今年、全国会員大会主管決定という大きな一歩を示すことができました。
しかしそれ以上に私たちは大切な宝物を見つけることが出来た。
それを決して忘れることなく。
それを理事長として、皆様に送る最後のメッセージにしたいと思います。
今日まで一年間、このLOMを支えていただき本当に有難うございました。
心より深く深く御礼申し上げて、私の挨拶に変えさせて頂きます。
本当にありがとうございました!!
↑OTONANOSENAKA推進委員会より44年会へ卒業祝いの紅白餅を頂きました。
LOMメンバーと共に、田植えをして、草抜き、稲刈り、餅つきをして
出来ただけに、なんか食べるのがもったいない気分ですね。
卒業生のひとりとして深く感謝申し上げます。
http://ameblo.jp/jimukyoku09/entry-10407636646.html
これでひとまずLOMの事業は全て終了。
とにかく前を向いて止まらず、突っ走った一年間でしたね。
思い起こせば、楽しかったこと、大変だったこと、
まあ、いろんなことがありましたが、
一年間多くの皆様方の支えがあって、後押しがあって
笑顔でこの日を迎えることが出来たと思います。
感謝感謝感謝感謝感謝感謝・・・
何度言っても足りませんが・・・
本当にお世話になりました。
本当に本当に有難うございました。
とはいえ、まだまだ12月31日まで
今年度は残っております。
一部委員会は報告書作成などの
作業がしっかりあります。
また今日も第一エリア新旧交歓会、
明日は日本JC理事会、その翌日以降も・・・
次年度チームも日々、遅くまで会議が開催されています。
年内最後まで気を引き締めて宜しくお願いいたします。
↑卒業生パフォーマンス練習風景、みんな真剣。
それとアポロ44号、総勢49名の卒業生の皆様!!
JCご卒業おめでとうございました。
まあそういう自分も卒業生ですが・・・(笑)
直前理事長としてあと一年、LOMに残ることになります。
やっと卒業出来ると思ってる方、まだまだJCでガツガツやりたいと思う方、
色々いるかと思いますが、49名のすべての皆さんの代表として、
後輩にその想いを伝えていく役割をしっかり果たしていきたいと思います。
これからもLOMの運動を推進していく上で、ご指導のほど宜しくです!!
それと皆様と一緒に、あの卒業生パフォーマンスが出来た事を
誇りに思っております。歴代理事長の先輩方からも大絶賛でした。
最高の思い出となりました。
←懇親会挨拶風景とここで、せっかくなので懇親会での
理事長挨拶の内容を記憶をたどりながらここに綴ってみました。
実質、オフィシャルな場での最後の理事長挨拶ですので。
直前まで何を話そうか悩んだんですが、
やはり自分が一年間理事長として、
運動を推進していった上で純粋に思った気持ちを伝えたくて、
あんな内容にしました。
一部、冒頭部分は削除、
内容の説明が必要なところはちょっと補足しています。
12月卒業例会懇親会 理事長挨拶
(冒頭削除)
1901年、欧米列強に負けない国づくりのために
政府の富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、
国民の富がすべて集められ、
わがまちに東洋一の製鉄所官営八幡製鐵所が操業。
その後、4大工業地帯のひとつとして
重化学工業を中心に大きく発展。
私たちのまちから生まれた
鉄やガラスやセメントがやがて
レールとなって鉄道へ変わり、
車や飛行機となって人を運び、
ビルとなって全国の近代都市を形作っていった。
その負の代償として、ひどい公害が発生。
それを何とかしたいと市民が立ち上がり、
やがて産学官民、すべての人たちを巻き込んだ
大きなうねりとなって奇跡の克服。
当時、〝世紀の大実験〟とまで言われた
世界で前例の無かった五市対等合併の実現。
今では当たり前になった市町村合併の先進例としても
地方自立の先進モデルとなりました。
鉄冷えによる都市の衰退と
産業構造の転換による都市の再生。
世界の環境首都を目指す現在の姿。。。。。
何の脈絡のない私たちのまちの歴史のひとつひとつ。
これを点として一本の線で、結んでみると・・
過去から未来へと続く、このまちの物語が今年見えてきました。
それは、私たちのじいちゃん、ばあちゃん、
ひいじいちゃん、ひいばあちゃんたち、先人たちが
時代を切り開いていくために、未来のためにと
歯を食いしばって、流したたくさんの汗と涙が、
やがて、このまちの肥やしとなって、
この豊かな国を作っていったという物語。
それは簡単に言うと、このまち歩んできた、苦難の歴史は、
日本という国家が、近代国家として歩んできた道のりそのものということ。
そして、その物語は、今年のLOMの運動を通して、
全国会員大会の誘致運動を通して
まちを深く深く掘り起こしたときに
見つけることが出来た私たちにとって最高の宝物でした。
今年、そんな宝物を探しながら・・・
私はこのまちの歴史を知り、先人たちの生き様を感じるほど、
このまちがどんどん好きになりました。
同時に、今まで、私の胸の中に隠してあった、
今まで人に言えなかった、
このまちに生まれ育ったというある種のコンプレックス。
それがプライドへと変わっていきました。
だからこそ、最後に私言いたいのです。
「俺たちの町はスゲ~!北九州はスゲ~!」って。
子供たちに伝えていきたいんです。
「お前の生まれたまちは、日本一誇れるまち」だって。
皆さんに伝えておきたいのです。
「こんなスゲーをまち、誇らしいまちを舞台に、
まちづくりが思う存分に出来る北九州JCは幸せもんだ」って。
今年、全国会員大会主管決定という大きな一歩を示すことができました。
しかしそれ以上に私たちは大切な宝物を見つけることが出来た。
それを決して忘れることなく。
それを理事長として、皆様に送る最後のメッセージにしたいと思います。
今日まで一年間、このLOMを支えていただき本当に有難うございました。
心より深く深く御礼申し上げて、私の挨拶に変えさせて頂きます。
本当にありがとうございました!!
↑OTONANOSENAKA推進委員会より44年会へ卒業祝いの紅白餅を頂きました。
LOMメンバーと共に、田植えをして、草抜き、稲刈り、餅つきをして
出来ただけに、なんか食べるのがもったいない気分ですね。
卒業生のひとりとして深く感謝申し上げます。