なにもいらないさ。
週明けて出勤したら、あっという間に世界は普通に動き出していました。
あの子たちのことを思い出すのは仲良しだった僕らだけ。
それは悲しいことなんかじゃない。
この世界で繰り返される当たり前の光景だよ。
わたしだって明日には。
きっと最後になる「いつもの」定時あがりだったので、何度も繰り返した日常を歩きました。
いつもの音羽公園でいつものようにおしゃべり。
そんなイチバンの仲良しさんにラーメンをおごってもらったよ。
いつものようになかなか来ないバスでいつものように天神へ。
どこか心地よい閉塞感のなか、どれだけの言葉を重ねた続けてきたかな。
出口なんて永遠に見つからなければいいのに、なんて思っていたことはナイショだよ。
それでもエンディングを迎えて初めて気付くこともあることを知るのです。
きれいな言葉で微笑んでた、それが嘘っぱちだったこととか。
文句ばかり言ってた、裏腹のありがとうとか。
嫌じゃないよ、そんな最大限の優しさとか。
なにも言わなくていいさ。
なにもかも、
わかってるんだよ。
なにもかも、
そこにあったこと。









