光の街、こぼれる言葉。
福岡に遊びに行ってきました。前編。
今年の年末年始のお休みは9連休といういつもより長いお休みだったので、地元山口からワープして福岡に遊びにいってきました。
新幹線で35分。
普段の通勤は何なんだろうと思わされますね。
車窓からの見慣れた街に日常では感じることのない懐かしくてあたたかな気持ちと言いようのない高鳴りが訪れます。
博多では、帰省のたびに会ってくれる元同僚の友達とお茶しました。
約1年ぶり。相変わらずだけど、やっぱりわずかな変化を感じて。
そのひとつひとつを噛み締めるように話をしました。
相変わらずモラトリアム。いや、きっともうとっくの昔に僕らは大人になっていてさ。
ありふれた退屈な日々だと認めざるを得ない日常だって抱えているけど。
なにかかもこの街で、キミに言葉にして伝えると、そのすべてがまるで特別にきらきら輝くからホントに不思議なんだ。
泥にまみれた日々だって、どうしようもなく美しくて愛しい映画のワンシーンみたいだよ。
華やぐ博多の街では星が降ってきたみたいでね。
そんなもんだよ、なんて何でもない言葉で全部許された気がするんだ。
遠くの街で、今日も変わらずそんな風に生きている人がいると思うことで、
あの日の僕らのモラトリアムがそこにあると思うことで、
わたしは今をどう生きるべきか、その指針を示されているような気がするんです、いつも。
もしかしたらそれは事実とはほど遠いのかもしれないけれど。
また会う日には、いいことも悪いことも、全部含めて相変わらずだとあきれてもらえるわたしでいれるように。
博多駅で手を振ったあとは、夜の街を歩いてなおちゃんちまで向かいました。
ただ歩くだけでいろんな感情で心が揺さぶられすぎます。
ありとあらゆる場所に思い出がちりばめられていて、歩くたびに踏んづけてしまうのです。
そのたびに鮮やかによみがえってきて、ずっとざわざわさせられます。
なおちゃんの家についてからは、ごはんを食べながらなんてことない雑談から、近況報告、音楽の話から、誰にも見せない心の奥底まで、本当にありとあらゆることを語りつくしました。
とても深いところで共感しあえるのはものすごくうれしく奇跡のようです。
それでいて、相変わらずわたしにはない才能と感性にあふれていて、そのひとつひとつにとても感銘も受けます。
人間的にもアーティストとしても素晴らしいひとです。
世の中すべてにとは言いません、少なくともわたしにとっては最高のひとです。
彼女もまたわたしにとっては指針なのです。
いつも彼女に恥じないわたしでありたいのです。
立派でありたいというわけではなくてね。
ありのままのダメな部分も、心の汚い部分もいつも共有しているから。
そういう部分も含めて、いつも変わらず自分の心に素直に透明なままで生きていたいと思うのです。
最近はなおちゃんのライブも見れていませんが、またなおちゃんのライブで、その透き通った音楽で心を突き刺されたいです。
あまりにもきれいで、心が丸裸にされて、絶望にも似た感情になるんです。
痛いけれど、それは生きていくうえで目をそらしてはいけないこと。
それをくれる唯一無二のアーティストだからね。
ぜひいろんなひとに一度聞いてみてもらいたいなと、ちいさく布教活動をさせていただきました。
たった半日で何日分、何十日分のような感情を山ほどもらってまた忘れられない日になりました。
飲み物を飲んで、話して、歩いて、話して、ただそれだけしかしていないのに。
長い福岡生活、言ってしまえばわたしが目に見えて成し遂げたことなど何もないんです。
誇れるものがあるとすれば、それはこの街に降りそそぐ光のような思い出と、心を共有できる大切なひとたちだよ。
たくさんのフラッシュバックとともに、また新しいきらめきと痛みをくれた冬の日にありがとうです。
2018年、スタジオおさめをしてきました。
この1年、ついにライブまでは到達できませんでしたが、毎週毎週スタジオに行ってしっかりバンド練習を続けてくることができました。
試行錯誤だらけでしたが、演奏することはとても楽しく、曲作りもしっかりしてとても充実した時間を過ごすことができました。
ようやくライブをできるだけの曲がそろったので、来年こそはステージに復帰したいです。
準備が完璧にできてからと言っていたら永遠に戻れなさそうなので、そろそろ踏み出さないとですね。
出演させていただけるライブなどございましたらぜひ声をかけてください!
よろしくお願いします!
新しいバンドで動き始めてあっという間に1年8ヶ月が経ちました。
最近なんとかバンドとしてカタチを成してきましたが、最初はどんな景色を描きたいかがなかなか見つからないでもがいてばかりでした。
若いころはあんなに出したい音も、聞いてほしいことも、言いたいことも、わかってほしいことも、山ほどあったのにね。
バンドを始めたころは、ただひとつのために生きて、いつもただひとつのことを言いたくて。
バンドすることが世界の中心で、世界のすべてでした。
自分たちのバンドや、鳴らす音や、描く世界に重すぎるくらい、痛いくらいの愛で突っ走っていました。
やがてそんな日々は過ぎ、それだけで生きていけなくなって、大人になって、失うことを知って、せつないという意味を知って。
それを忘れないように、なくさないように、そのために刻みこむように音楽をする日々を生きて。
そしてそれも通り過ぎて、なんだかもう伝えないことなんて全部なくなってしまいました。
からっぽになってしまったみたいでね、何をすればいいんだろう、そんな気持ちを抱えたまま、本当に毎週毎週スタジオで試行錯誤ばかりしていました。
曲を作って歌詞を書いて、何度もやり直して、やっぱりやめたりもして。
最近やっと見えてきたんです。
なにもかも通り過ぎた今だからこそ描きたいことが。
たぶん今じゃなきゃできないことが。
大きな声で聞いて聞いてと叫んでいたころとは違う、誰も知らなくても、誰にも言えなくても、心の中に大切にしておきたい美しいものがあることを。
どうしたって技術が足りなくて、100パーセント思い描くままにカタチにできていないことが息苦しいですが、それも含めてまだ音楽を続ける理由があるのだと噛み締めました。
あの頃も、今も、これからも、どんな瞬間も命燃やして鳴らした音を愛していけるような一生を送りたいんだよ。
今日のタイトルは最近聞いたSmashing Pumpkinsの新しいアルバムよりいただきました。
18年ぶりにオリジナルメンバーが集結したアルバムはとても新しくて、変わらずスマパンらしくて懐かしくて心揺さぶられました。
ちょうど18年前頃に好きになってよく聞いていました。
わたしにも18年前があったからね、今という時もあるんだね。
そしてまた18年後も。
未来を夢見ることは容易じゃないけれど。
彼らの音はこの先の可能性が自分にもあることを期待させてくれるのに充分な輝きを放っていました。
そんな18年後のためにも、いまを輝かせていけるようにもっと頑張っていかないとね。
来年は今年1年積み重ねてきたことを花開けるような年にしたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします!




























