何のため 誰のため
金曜日の夜は21時からアニソンバンドのスタジオ練習でした。
週の後半から仕事が忙しくなってきていて、毎日終電だったので金曜日は何とか終わらせようと1日必死で頑張ったのですが、結局間に合わずでした。
21時過ぎてからは職場でもそわそわしてしまい、スタジオのみんなも待たせてしまい、何もかもうまくいかず、わたしの中途半端な態度でみんなに嫌な思いをさせてしまい、最悪な気分でした。
職場ではリーダーだから、私用ではやく帰りたいなんてあり得ないのに、結果として持ち込んでしまい最低でした。
バンドがしたいし、それが何より楽しいという気持ち。
仕事もリーダーとして責任持ってやりとげなきゃいけないという気持ち。
あれもこれも大事だなんて、中途半端な心を口にしてしまえば、全部が嘘になってしまいそうで、どちらにも嘘をついてしまっているのです。
嘘をつき続けて戻れないところに来てしまった、それを今更悔やむだなんて。
結局22時15分くらいに職場をあとにし、大急ぎでタクシーでスタジオに行き、残りの1時間半だけ参加することになりました。
泣きそうな気分でスタジオについたけど、みんな優しく迎えてくれて、残りの時間めいっぱい練習できたのでホントに救われました。
みんなありがとう!
短い時間でしたが、わいわい練習してすごく楽しかったです。
失敗してもなんだか楽しいこの空間が大好きです。
でも、本番までにはばっちり仕上げて、楽しいだけじゃなくてかっこいいバンドにしたいです。
いろいろ考えてしまったけど、とりあえずそれは置いておいて、次の練習はちゃんと間に合うように、あきらめず頑張ります!
スタジオ後は、みんなでやまちゃんでラーメンを食べました。
深夜のラーメンはなんでこんなにおいしいのかな!
最後には笑って帰れたのでよかったです。
土曜日はキャスアラのスタジオ練習でした。
ライブが近いので、これまでずっと続けてきたクリック練習から一度離れてライブの練習をしました。
今まであったガイドがなくなると、すごく不安で自分がちゃんとできているのかできていないのかもわからなくて、かつてないような、どうしようもない焦りに襲われました。
きちんと演奏できて、技術的に進歩するということに価値を置きすぎると、絶望的な気分になってしまいます。
わたしはドラマーとしてのテクニックはなくても、自分は自分だけの音を自由に奏でることができるとずっと思って、まわりの価値観も気にせず、自由にやってきました。
でも、それはただの甘えで逃げだったのかもしれません。
ミュージシャンとしての価値観の中で自分を評価するとあまりにもできることが少なくて、自分が音楽をやっている意味さえ見失いそうになってしまいます。
いいドラマーとして必要なこと、と一般的に考えられているものはわたしにはどれも当てはまらないんです。
それでいいだなんて思っていたけど、それじゃダメなのかもしれない。
その価値すべてを身に着けていいドラマーを目指そうとは思わないけど、少なくとも何もせずにいらないだなんて思うのはもうダメなんだとは思うのです。
ただやみくもにするのではなく、キャスアラの音楽として必要なものをちゃんと考えてちゃんと向かっていけるようにならねばならないです。
練習後はかなり凹みましたが、わたしのいつもの0か100かみたいな考えにとらわれすぎて全部投げ出さないように、やれることからやっていくのだ、と自分に言い聞かせることにしました。
バンドしていることが苦しくて苦しくてそれでもやめられなかった時代を経て、これからは楽しくやっていくんだと思ったりもしたのですが、やっぱり何かを望むことは楽しさだけでは過ごせないのだなと思いました。
あの頃みたいに、わたしが生きている理由を求めたりはしないし、わたしの価値をアイデンティティを押し付けたりはしないんです。
だけど、それでも、少しでもかくありたいと願う姿を求めるなら痛みがなくなる日はこないのかもしれません。
いろいろ考えさせられて、正直ちょっと途方に暮れてもいますが、逃げることなく考え続けて、またひとつひとつ選んでいかなきゃいけないです。
どこかで誰かがどんな価値観の中で何かを測っていたとしても、わたしはわたしで決めなきゃいけないんだよね。
