ありふれた日、どこにもない日。
昨日は職場のアコースティックバンド、ボーカルのまいちゃんと一緒に働く最後の日でした。
彼女は昨日をもってみんなが出会った職場を退職したのです。
ずいぶん長く働いてきた彼女はホントに明るくて可愛くて優しくてみんなの人気者でした。
職場では全然しゃべらないわたしにもいろいろ声をかけてきてくれて、音楽にも興味を持ってくれて、わたしがみんなと仲良くなるきっかけもくれました。
ホントにおもしろい子でいつも笑わせてもらってました。
そんな彼女と過ごした時間はホントに楽しかったけど、あまりに短くて、まだ行かないで、って言ってしまいそうになりました。
バンドもあるしこれからだね、と言ってはみてもやっぱりこの時間は終わりなんだと思うと寂しさが募ってきて何度も泣きそうになりました。
それでも最後はまいちゃんらしくたくさんの笑いに溢れたお別れでみんなで笑顔で送りました。
そう、まいちゃんの新しい出発も応援しなきゃだね!
まいちゃん、素晴らしい時間をありがとう!
キミに会えてよかったよ!
これからはバンドでたくさん楽しい時間を過ごそう!
そんなお別れのあと、ひさびさにアコースティックバンドの練習もしました。
まいちゃんとギターはたぴとわたしで近くのカラオケボックスに行きました。
ただがむしゃらに想いをぶつけてライブをしてから1週間、地震のすさまじさや現状を徐々に実感し、悲しさや苦しさで胸がいっぱいになってどうしようもなく動けなくなっていました。
こんなに苦しんでいる人がいるのに、それなのに、ここはこんなに暖かで、毎日ごはんが食べられて、街は何事もなかったかのようにきらめいて、あまりにも自分が無力でどうしていいのかわかりませんでした。
自分にもできること、元気づける、そんなみんなの声が耳に入ってきても、とうていその痛みをわかることはできないからがんばれなんて自分にはいえないよ、とばかり思ってしまいました。
自分がそんな風にぐちぐち思っても何の役にも立たないのに、そんな最低なことばかり考えてどこか毎日の生活も手付かずのままぼーっとニュースばかり見ていました。
でも、昨日みんなで音を鳴らして歌って、そのときまたどうしようもなく心から湧き出る感情を感じてしまいました。
いつも感じるこの気持ち。
楽しくって嬉しくって幸せで、どうしようもなく沸き立つこの気持ち。
こんなときでも思ってしまったんです。
自分が人生の絶望にいたときでもそんな風に感じていたんです。
楽しいと思わずにいれないことに気づかされてしまいました。
どんなときでも、たぶん、きっと。
地震のことからは目を逸らしたくない、ちいさなことでも力になりたいです。
1秒でもはやく苦しみから救われるように毎日毎日祈っています。
だけど今日からはもう手付かずの日々はやめて、わたしもわたしの人生を、音楽を楽しくやっていこうと思います。
自分には誰かを元気づけるような音楽はできないけど、音楽で世界は救えないけど、でもどんなに意味がなくてもただやってたいです。
アコースティックバンドもキャスアラもまだまだやりたいことたくさんあります。
出したい音があるんです。
今日という日は、誰にとっても大切な1日です。
何があっても、何を思っても。
泣いても、笑っても、最低でも、最高でも、
誰にとってもかけがえのない、素晴らしい1日でありますように。
