それでもわがままを貫くというのは難しいものです。
例えばわたしがどうしても納得のいかないことがあって、すごく反発したいことがあって、その相手が大きな権力だったり、目上に人だったりするとき、わたしはその立場を無視して食ってかかることがあります。
その相手が自分の所属する輪にいたとき、その調和を無視して食ってかかることがあります。
わたしは相手が誰であろうと気にいらないことは気に入らない、と思ってしまうからです。
でも、そのことによってより大きな問題がおき、誰かに迷惑がかかることがよくあります。
わたしはそこまでして自分の意見を主張する必要があるんだろうか、と迷ってしまいます。
最初から流していれば、自分さえ我慢すれば誰も傷つかずにすんだのかな、とも思います。
誰も傷つけずにわがままを貫きたいなんて都合のいい話なんだろうか、でもわたしは誰かを不幸にするためにわがままを言ってるわけじゃないんだ、それでも我慢できないことあるんだ、ってもうずっと答えのでないままです。
そんなわたしですが、自分に好意を持ってくれているとわかっている人には何もいえなかったりします。
その言葉が好意からでてるもの、と明らかなときにはそれが納得いかなくても否定できないでいます。
反発なんてしちゃ悪いなんて思ってしまいます。
不満は残したままなのに。
都合よすぎですね。
矛盾の嵐。
わたしの正義ってなんなのか。
わたしの哲学ってなんなのか。
心の中でわかっていても、上手に言葉にできなくて、上手に伝えれなくて、あやふやなままにしか表現できず、誰かを傷つけ、自分も苦しくなるくらいならそんなものなくしてしまったほうがいいのでしょうか。
それとも、もうそれはこの中にだけあればいいものなのでしょうか。
共感を欲するのはわたしの弱さでしょうか。
わたしには表現できる手段があるのに。
もっとシンプルになれ、わたし。